教育・心理的支援において診断基準をどう読むか・理解するか 最終回

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2024.09.13

教育・心理的支援において診断基準をどう読むか・理解するか 最終回

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■    連載:限局性学習症その(3) 最終回
■□   連載:Kaien創業記 米国の起業文化
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■ 連載:教育・心理的支援において診断基準をどう読むか・理解するか    
      第13回 限局性学習症その(3) 最終回───────────────────────────────────…‥
アメリカ医学会の発行する診断基準であるDSM-V及びTRの解説を続けてきましたが、このシリーズの最後である限局性学習症の最終回です。診断基準の基準Aのうち、(5)(6)に示される算数障害の具体的な障害特性の説明をいたします。日本の教育的定義では、「計算する」「推論する」とされている部分です。

(5)で示されるのは、算数障害のうちでも計算に関する部分、そして(6)は、数的推論に関する部分です。数的推論、「推論する」においては、ASDの特性でもある心の理論(Theory of Mind:TOM)の発達の遅れやゆがみのように、他者の心的状態の推論と考えがちですが、そうではなく、数的処理及び数学的な認知処理と考えたほうが良いです。もちろん処理においては因果関係の理解など、心的推論との関連がないわけではありません。

また、算数障害は、読字障害や書字障害よりも障害として周囲からの理解がされにくいという点を理解しなければなりません。算数障害は、学校教育における教科単位の「得意」「苦手」と結びつきやすいので、算数(数学)が苦手というのはよくあること、どんなひとでも教科の得意・苦手はあるよねとしてかたずけられてしまうことも多いということです。じゃあ算数(数学)が苦手な人はみんなSLDなの?ということになってしまいがちでもあります。実際に、この鑑別は難しいところでもあるので、認知的評価などのアセスメントを丁寧に行う必要もあります。

(5)数字の概念、数値、または計算を習得することの困難さ

例:数字、その大小、及び関係の理解に乏しい、一桁の足し算を行うのに同級生がやるような数学的事実を思い浮かべるのではなく指を折って数える、算術計算の途中で迷ってしまい方法を変更するかもしれない

日本の教育的定義の「計算する」です。単純な四則計算でのつまずき、ケアレスミスの多さ、繰り上がり・繰り下がりの理解の困難などを意味しています。例にもありますが、小学校入学後、最初は指を折って数える子どもが多くいてもだんだんと減っていくものですが、学年が上がっても、中学年ぐらいまで指を折って数えている、などの報告もあります。

継次処理の苦手な場合には、数式の、隣り合った数字の四則計算はできても、( )が付いたり長い数の処理になると混乱したり、×・÷・+・-のルールなどが混乱することもあります。簡単な一桁の数字の暗算ができないこともあります。また、10進法は理解できても、2進法になるとわかりにくいということもあるようです。

モジュールの変換やルールがうまくできないこともあります。例えば、数モジュールだとするとローマ数字123・・・ 、漢数字一二三・・・の違い、文字モジュールだと、かたかな、ひらがな、漢字の別などのことです。計算式を表記するのに、3+五=8など、モジュールを混在して表記をしてしまう、ということが起こることもあります。これらはわざとしているのではなく、モジュールに留意していないし、認知的な区別をしていないことから起こるようです。
わざとやっているわけではないのですが、学校現場では不注意と指摘されたり減点対象になったりすることもあります。こうした特性は、上位概念の理解、つまり仲間の言葉などのグルーピングのあいまいさとも関連があるような印象もあります。

(6)数学的推論の困難さ

例:定量的問題を解くために、数学的概念、数学的事実、または数学的方法を適用することが非常に困難である

この項目は、数的推論を意味しています。距離、道のり、時間の関係や、液体の濃度、容積・体積などの計算や概念、あるいはこれらの単位の理解や表記につまずきが出ることを意味します。計算問題はできるけれど、文章題になるとできなくなる、例えば、距離・道のり・時間の関係や、塩分濃度の問題だけいくら教えてもわからないなどが起こります。また、単位換算として、1メートルが100センチメートル、というような理解が困難になるなどもあるようです。さらには、空間認知の問題ではあるのですが、算数の問題でも図形(平面、立体など)が難しい、あるいは図形は得意だが計算は難しいということもあります。

算数障害のメカニズムは、認知スタイルやワーキングモデルの特性と深く関連があります。アセスメントにおいては、ウェクスラー式の知能検査だけではなく、K-ABC IIやDS-CASなど認知能力を詳細に分析できるような検査を組み合わせて行うことをお勧めします。

最後になりますが、いくつか留意点をお話しします。
学習障害のアセスメントは、授業中の様子の観察、心理検査等に加えて教科ごとの単元テストや学業成績、本人が作成しているノートなどが重要な指標になります。こういった日常の学びの様子を資料として丁寧に見ていくことが重要です。しかしながら、繰り返しになりますが、限局性学習症のつまずきは、必ずしも学校教育上の教科の得意不得意とは一致しません。すなわち、国語ができない人が書字障害(あるいは読字障害)、算数ができない人が算数障害、などと短絡的な一致はせず、しっかりとつまずきの内容を分析していくことが重要です。
例えば書字障害があると、国語の成績に直結するかという点では、漢字の書き取り問題などでは困難が生じるでしょうが、読解力には影響がないというようなこともあります。算数障害についても同様なのですが、基本的な四則計算や数的推論が関係するので、教科としての成績にも直結しやすく、算数や数学が苦手ということは起こりやすいのですが、定理・公式を活用する数列や証明問題などでは力を発揮する、というようなことも十分起こりえることをご承知ください。

こうしたアセスメントは医学領域ではあまりなじまなかったので、これまでは限局性学習症の診断は難しいとする医師もおられましたが、近年は、こうした教育的評価を含めて診断のためのアセスメントをされることも増えてきました。

自閉スペクトラム症(ASD)、注意欠如多動症(ADHD)、そして限局性学習症(SLD)と概説してきました。機能障害やよくある症状などは、診断基準を読んだだけではわかりにくいところもあります。また多くの論文や書籍にあたって、理解を深めていくことが必要ですね。

◆吉田 ゆり(よしだ ゆり)
九州大学基幹教育院 教授
(兼任)キャンパスライフ・健康支援センター インクルージョン支援推進室
専門は発達臨床心理学。
公認心理師、臨床心理士、臨床発達心理士、そして保育士でもある。


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■ 連載 Kaien創業記   
     第3回 米国の起業文化
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第2回ではKaien起業のきっかけとなったデンマークのIT企業「Specialisterne(スペシャリスタナ)」について取り上げました。今回はMBAの授業やビジネスプラン・コンペティションの参加を通じて感じた米国の起業文化について触れます。米国に行かなければ起業など全く考えなかったでしょう。

米国はいろいろと問題がある国なのは確かです。しかし、こと起業に関しては優れた価値観を持っています。米国は起業家に特別な地位、敬意を払ってくれます。新しいことをすることの社会への価値を理解し、本気で応援してくれます。多くの新しい企業が米国から誕生し、育っていくのはやはり理由があるのです。

Kaienも日本でビジネスプランを書いたならば、今の状態になっていなかったかも知れません。なにしろ日本で同じ発表をしたら、私が元NHKアナウンサーで、ビジネス経験もなく、ソフトウェアに関する素養もなく、ましてやソフトウェアの検証業務はまったく知らない、ということを徹底的に疑問に思われるでしょう。
また発達障害についても障害者がそんなことをできるわけがない、あなたは福祉の資格も一つも持っていないのに、なんでそんなことをするの?などと、針のむしろの状態だったと思います。事実日本に帰ってから、ビジネスプランを説明すると毎回のように「いじめ」にあっていました。そういったいじめの後、ダメージを受けずに会社を前進させないといけなかったのが精神的に辛かったことを思い出します。

米国の起業精神をそこかしこに感じるMBAの授業の中で、私の起業についての心配は徐々に溶けていきました。特に心配していたのが次のような不安です。

●既にあるモデルを日本に移管することが起業という範疇に入るのか?

●自分自身がITについて知らない。ソフトウェア検証についてはもっと知らない。これで起業ができるのか?

まず一つ目からですが、模倣は最も成功率の高い起業方法としてむしろ歓迎されているのがわかりました。私たちもビジネスプランの中でこのあと何度、Proven Model(証明されたモデル)、Replicable(移管可能)という言葉を使ったかわかりません。起業は、ゼロからすべてを自分で行うことではなく、頼っていいところはすべて他人に頼ってコストを下げたり成功率を上げたりすればいいんだ、と認識してからは起業という言葉にあまり恐れを抱かなくなりました。
確かに世の中を見回すと本当にゼロから立ち上げたビジネスモデルはほとんどなく、多かれ少なかれお手本があるものです。ケロッグの授業ではコンビニやディーラー、マクドナルドのファストフードチェーンといったフランチャイズモデルを経営することも起業家として平等に扱われます。むしろそういった証明された型が既にあるほうが成功確率は上がるため、起業家としての道を選ぶならばそうした道をまず取るということが好まれているような気さえします。

ただ、水曜は午後4時に全員の退社が義務づけられているというデンマークの労働モデルを日本にそのまま移管できるはずはありません。またデンマークと日本とはビジネス慣習も違います。つまり幾ら真似をしようとしても、最終的には啓示を受けたというべきレベルで終わり、結局のところは自分たちで多くの部分を作り上げていく必要があることに徐々に気づかされました。
「当初の青写真とまったく変わらないプランだったらそれはおそらく失敗するビジネスプラン」とマーキン教授の授業でも教わりましたし、その通りではないかと今感じています。
また事業の専門性を起業家が持っているかについてですが、もちろん業界の経験は非常に大きな力になります。ビジネスプランの優劣を競う大会であるビジネスプラン・コンペティションでも、経営層の業界経験、また起業経験は最も重視される項目です。

スペシャリスタナが成功できたのも、創業者のトーキルがソフトウェア業界でマネージャーの経験があり顧客を知っていたうえに、息子が発達障害で、発達障害の特徴について理解が深かったからだと思います。ただマーキン教授からは「そもそもKaienのモデルは『証明されたビジネスモデル』だから経営者は必ずしも業界出身者ではなくてもよい」とアドバイスを受けましたし、他のIT企業のマネージャーからも「業界のことは勉強すればよいし、そもそもトップは経営上正しい意思決定ができればよい」というものでした。

私なりに理解すると、結局は一人でできることは限られていて、起業家の仕事の大部分は、プランに必要なものの自分には足りないスキルを補える人間を見つけ口説くことにあるというものです。実際、ケロッグでも「ケロッグを卒業後、起業家としてもっとも役に立つのは人事の授業だろう」と教わったように、人を見極める力、鼓舞する力、そして場合によっては関係を絶つ勇気があるかどうかが成功の鍵を握るのではないかと感じるようになりました。

そして私がなによりも嬉しかったのは、なにか不安や課題を私が口にした時、マーキン教授から「それは問題なのはわかっている。だがもし解決できたらどういう世界が待っているのか?それを語れないといけない」と言われたことです。課題は課題と認識して解決するために取り組む。だけれどもその壁を乗り越えるだけでは会社の目的は達成できません。会社の目的をしっかりと設定するためにも一つひとつの課題をクリアした先になにがみえるのかしっかりと見ておけと言われました。

当初のビジネスプランは、矛盾や課題が多いものです。それの一つひとつを叩くのではなく、「もしそれらが解決したときに、今のビジネスプランは本当に最大の売上、利益、インパクトを与える姿になるのか?」という理想像を常に考えるように教わりました。当然その理想も絵空事なのですが、そのイメージをいかにしっかりとメンバー間で実現可能なものとして具体的に共有しているかが必要なのだと思います。短く言うと起業家はビジョンを持つのが大事だということだと思います。

いかに美しいプランを書いてもリスクは常にあります。起業が成功する確率は10%ほど。「野球と一緒で3回に1回当たれば凄いほうだ」といわれます。最終的には起業家自身がその不安定な状況を快適に、楽しく感じられるかどうかにかかっている気がしています。米国でこれまで何人もの起業家と会いましたが、このスリリングな状況を楽しんでいるのを強く感じました。こういう人たちが沢山いるから米国はいろいろな問題を抱えつつもイノベーションを次々に生み出せているような気がします。

いかがだったでしょうか?
第4回は日本に帰国し株式会社Kaienを登記・創業したものの早速壁にぶつかって試行錯誤し始める起業直後のストーリーです。

◆鈴木慶太
株式会社Kaien代表取締役
長男の診断を機に発達障害に特化した就労支援企業Kaienを2009年に起業。これまで1,000人以上の発達障害の方の就労支援に現場で携わる。日本精神神経学会・日本LD学会等へ学会登壇や『月刊精神科』、『臨床心理学』、『労働の科学』等の専門誌への寄稿多数。著書に『フツウと違う少数派のキミへ: ニューロダイバーシティのすすめ』(合同出版)、『発達障害の子のためのハローワーク』(合同出版)、『知ってラクになる! 発達障害の悩みにこたえる本』(大和書房)など。元NHKアナウンサー。東京大学経済学部 2000年卒・ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院 2009年修了(MBA) 。星槎大学共生科学部通信制課程特任教授。



■□ あとがき ■□--------------------------
次回は、9月27日(金)の刊行予定です。

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