Kaien創業記 限局性学習症-3つの診断的特徴

MAILMAGAZINE
メルマガ情報

2024.08.08

Kaien創業記 限局性学習症-3つの診断的特徴

----TOPIC----------------------------------------------------------------------------------------
■    はじめに
■□   新連載:Kaien創業記
■□■  連載:限局性学習症-3つの診断的特徴
--------------------------------------------------------------------------------------------------
 

■□はじめに ■□--------------------------
今号から、発達障害者の社会での活躍を多角的な事業・サービスで支援をする株式会社Kaienの鈴木慶太さんに、Kaien創業記と題してご寄稿いただきます。

もうひとつの連載は、今春に長崎大学から九州大学に異動された、吉田ゆり先生のDSM-5の解説、SLD編です。現在はSLDと省略されていますが、LDとして広く認知されている学習障害の診断基準についてです。昨年のASD編、ADHD編と合わせてお読みくださればと思います。

ASD編 全6回 
ADHD編 全5回 
 
───────────────────────────────────…‥・  
■ 新連載:Kaien創業記
      第1回 留学を諦める? 48時間で出した結論
───────────────────────────────────…‥
株式会社Kaienは2009年に創業した発達障害・強み・仕事の3つのキーワードを軸とする会社です。今年で15年目。現在首都圏・関西の約40のオフィスで毎月1000人以上の方の支援を行っています。障害者雇用やダイバーシティ経営など企業向けの支援も展開中です。

ただしKaienは偶然の連続で出来てしまった会社です。元々私は障害福祉関係にも起業にも全く興味がありませんでした。なぜそんな私がKaienを起業するに至ったのか?このシリーズではこれから6回にわたってKaienの創業前後のストーリーをお伝えします。

なおこの創業記は10年以上前の2011年から2012年にかけて執筆したものです。出版直前まで行きましたが息子の将来を考え最終的に取りやめにしました。今回は個人情報など問題ない部分の原稿を抜粋し加筆修正したものをお読みいただきます。

障害福祉分野で既に経営している方や起業を考えている方を中心に読んでいただければ幸いです。もし直接お会いする機会などありましたらぜひご感想をお教えください。

▷▷第1回 留学を諦める? 48時間で出した結論
私は元々NHKのアナウンサーです。MBA(経営修士号)留学のために6年勤めたNHKを退職した直後に長男の発達障害がわかりました。創業記の第1回は、2007年8月下旬。長男の診断を受け留学直前の怒涛の48時間をまとめています。

MBA留学まであと2日。当時私たち家族は実家にいました。留学の際に私だけが先遣隊として米国に行き、数ヶ月遅れて家族を呼び寄せるというのが予定でした。このため少なくとも冬まで家族と会えなくなります。私はすでに前月にNHKの職員をやめていて、それまで住んでいたマンションも引き払っていました。米国で家族が合流するまでの間、妻と子どもは実家にお世話になることにしました。息子の発達障害がわかったのは、私が仕事をやめて、米国に行くまでのわずか1ヶ月間。失業状態になっているというタイミングでわかったことです。

離れ離れになる家族と1日でも長く過ごしたいという理由で、私が米国に渡る日は授業が始まる直前の日に設定していました。つまり渡米が許される最終日にフライトの予定を組んでいたため、フライトをキャンセルしてあと数日家族で考える時間をつくる、という余裕もないスケジュールでした。わずか2日間でこれからのことを決めないといけません。

はじめに考えたのが、留学を諦めよう。仕事を日本で探そうということです。息子が発達障害ということはわかった。ただ症状がどの程度かもわからない。どのように育てていくのか、そして将来どういう大人になるのか?私が描いていた教育・子育てというのがガラガラと崩れ去っていました。米国に行っているどころじゃない。今は日本に残って、状況をまず把握しながら、と思いました。

その夜は手当たり次第に電話しました。家族や知り合い、NHK時代の同僚や先輩に電話しました。明日には解約しようと思っていた携帯電話です。これがこんなに活躍することになるとは。やるせない気持ちになりました。必死で涙をこらえ、時には息子に接してくれたことへの感謝やこれからも変わらず遊んで欲しいということを伝えたり、時には発達障害に詳しそうな人にはどのような対策があるのか、なにが予想されるのかという情報収集もしたり、人によっては留学をすべきか日本に留まって新しい職を探すべきかを聞いたりしました。

そのなかで父親の言葉が冷静にさせてくれました。「孫は将来就職できないかもしれない。その時に備えてお金を貯めておくことは必要だ。MBAに留学すれば、資金的に心配がなくなるのではないか。将来を見据えて判断し、行動すべきだ」という話でした。そのとおりです。もっともだと思いました。うちの親はすごいなぁと、彼の息子であることに感謝しました。

私が留学しようとしていたのはMBAといわれるものです。日本語では経営学修士という大学院のプログラムです。ビジネスのイロハを学ぶだけではなく、世界からビジネスエリートたちが集まってネットワークを築く場といわれています。当時でも費用は2年間で1500万円ほどもしましたが、それでも修了後は、年収1000万円が約束されていました。

私はそのMBAの中でもハーバード大学やスタンフォード大学とならんで全米トップ5といわれるノースウェスタン大学のケロッグ経営大学院への入学が決まっていました。地方のNHKアナウンサーというまったくビジネスの経験のない人間が受かるというのはとても珍しいことです。たとえ留学中はお金で困ることがあっても、このチャンスを上手に活用しなさいと言われました。そうだよな、そうしよう。私は父の一言でようやく道が少し見えた気がしました。

それでも理性と心情はそう簡単に一致してくれません。渡米までの2日間ふと気が緩むと涙がこぼれてきました。世界最高峰のMBAプログラムにこんな気持ちで過去入った人がいただろうか。でもとにかく稼ぐ人間にならないといけない。私にはビジネス経験がゼロ。しっかり2年間米国で吸収できるものを吸収しよう。その後、息子のためになるキャリアの方向性をいろいろと持てる人間になろう。当時ここまで言葉はまとまっていなかったと思いますが、涙がこぼれるたびに、そう自分に言い聞かせていました。

いかがだったでしょうか。第2回は留学から1年。発達障害とビジネスを研究する過程で見つけたデンマークのIT企業「Specialisterne(スペシャリスタナ)」について取り上げます。

◆鈴木慶太
株式会社Kaien代表取締役
長男の診断を機に発達障害に特化した就労支援企業Kaienを2009年に起業。これまで1,000人以上の発達障害の方の就労支援に現場で携わる。日本精神神経学会・日本LD学会等へ学会登壇や『月刊精神科』、『臨床心理学』、『労働の科学』等の専門誌への寄稿多数。著書に『フツウと違う少数派のキミへ: ニューロダイバーシティのすすめ』(合同出版)、『発達障害の子のためのハローワーク』(合同出版)、『知ってラクになる! 発達障害の悩みにこたえる本』(大和書房)など。元NHKアナウンサー。東京大学経済学部 2000年卒・ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院 2009年修了(MBA) 。星槎大学共生科学部通信制課程特任教授。
 
 

───────────────────────────────────…‥・  
■ 連載:教育・心理的支援において診断基準をどう読むか・理解するか    
     第12回 限局性学習症-3つの診断的特徴
───────────────────────────────────…‥
アメリカ医学会の発行する診断基準であるDSM-V及びTRの解説を続けてきましたが、このシリーズも最後になりました。ASD、ADHDに続き、SLDになります。このシリーズでは、教育関係者や心理支援職が改めて診断基準を読むときの留意点を解説しながら、どのように診断基準と付き合っていけばいいのかをご一緒に考えることで、発達障害の改めての理解につなげていければと思います。

DSM-Vでは、『限局性学習症/限局性学習障害』でしたが、DSM-V-TR(改訂版)では『限局性学習症』となりました。限局性学習症(Specific Learning Disorder: 以下SLD)はASD、ADHDと並ぶ、学習の困難を主症状とした神経発達症のひとつです。わが国の発達障害者支援法では学習障害という用語が使われています。教育現場等では、学習障害もしくはLDと称されることが多いようです。このメルマガでの扱いは、同じもの、と考えて読んでいただければと存じます。
症状が具体的に書かれている基準Aの説明の前にいくつかの概念的な整理をしておこうと思います。

私の印象ではありますが限局性学習症についてはVでは症状分類の柱建てはあまり変わっていないのですが、書きぶりと考え方が大きく変わっているように思います。つまり、記述全体が、教育現場を意識しているように感じられるという点です。診断基準そのものはもちろん医療者向けにできていることを考えると、画期的にも思えます。

最近まで医師からはよく「自分たちは医学的な診断をするのだから、学習面の確認が必要なLDは診断しにくい」というご意見をいただいていました。アカデミックスキルである「読む」「書く」「計算する」の評価をどうするのかというのが最も悩ましいところだったようです。近頃は、医療機関でも読み書きに関する標準化された検査を中心に、いくつかのチェックリストやアセスメントツールを取り入れられることも多くなっています。
この変化の一つの原因は、LDの診断が求められることが増えていることや、DSM-Vの考え方の変化によるものだと考えられます。なお、WISC‐IIIが使われていた20~15年前ぐらいの現場には言語性>動作性の結果が出たときには非言語性学習障害、言語性<動作性の結果が出たときには言語性学習障害、というような区別をされていたこともありましたが、これは現在ではあまり支持されていません。

以下、考え方の基本となる3つの本質的な特徴を説明します。

1.「限局性」であること
教育現場では依然としてLDと言われることが多いので、「SLDのSは何ですか?」というご質問も多くいただきます。SはSpecificの頭文字で「限局性」と訳されています。DSM―IVでは「特異性」と訳されていました。まずはこの「限局性」について説明します。

「限局性」の対義語は「広汎性」です。広汎性とは、辞書的には広くいきわたるさま、力や勢いの及ぶ範囲が広いさまを指しています。医学的に広汎性の障害というときには、症状が多様であることや、発達の複数の領域に影響があること、場面や状況に限定されないことなどを示していました。ASDは、以前は広汎性発達障害と言われていましたし、DSM‐Vでも広汎性が柱のひとつになっています。

これに対して「特異性」もしくは「限局性」の障害とは、わかりやすくいうと、困難がピンポイントであるということです。その多くが言語発達や社会性発達、情緒発達などの発達の各領域にわたる障害ではなく、また例えば、言語発達領域においても、言語発達のすべてに影響が出るものでもない。かなり限られたものであるという意味です。「特異性」よりも「限局性」のほうが、限られた能力の部分であることがあらわされていると考えるようです。
この点で、同じ神経発達症でもASDとは様相がずいぶん異なります。その分、可視性は低くなりますので、学校や日常生活の中では非常にわかりにくいという部分もありますね。

2.「持続的」であること
基準Aに記述されている症状の“本質的な特徴”のひとつが「持続的」であることです。
診断的特徴の文中には、「長年にわたる正規の学校教育機関(すなわち、発達期)中に始まり、基本となる学業的技能を学習することの持続的な困難さ(基準A)」が限局性学習症の本質であると述べられています。つまり「学習困難は持続的であって、一時的なものではない」のです。

ASD、ADHDも同様ですが、例えば強いショックを受けて勉強に身が入らなくて一時的に成績が落ちるとか、家庭状況の変化や大きな災害があって十分に学習できる環境ではなかったなどの心理的・社会的な状況の変化によって一時的に起こる反応ではないということを意味しています。
さらにはこの「持続的」について、「児童期や思春期の子どもにおいて持続的とは、家庭や学校で特別な援助を提供されたにもかかわらず、学習における進展が6カ月以上制限されていること(すなわち、その人が同級生に追い付いている証拠がないこと)と書かれています。本人に合わせた学習指導・支援を行っても、つまずきがなかなか改善されないということです。

私自身の経験ですが、これまで長く教育学部(教員養成課程の学部)に勤務していましたので、学生から「この子は漢字が書けないから書けるようにしてあげたい」というような言葉をしばしば聞きました。「ではどうしたらかけるようになると思う?」と聞くと、「毎日書き取りをしっかり行う」などという回答が返ってきます。さらに「どのぐらい繰り返すとできるようになると思う?」と重ねて等と、学生にもよりますが「1週間?」「1か月?」という回答が多かったように思います。

一時的な状況の変化による学習の困難であれば、学習の時間を確保し、既存の教材を用いた繰り返し学習が有効であることも多いでしょう。学校現場では、これが基本的な学習の姿勢となっているように思います。しかしながら、漢字が書けない理由が、限局性学習症によるものであった場合には、このやり方ではいくつかの問題が起こります。

まず、この「持続的」な観点からみると、少なくとも半年以内にめきめきと指導の効果が表れた場合には、限局性学習症とは診断できないことになります。また、この子のための時間を確保して個別指導を行ったとしても、効果が出にくいことが診断の基準の一つになっていることを教師が知らなかった場合、教師は個別指導の効果が出ないことをどのように考えるでしょうか。ここで「やる気がない」とか「本気になっていないから」など怠けていることを理由ととらえられた場合には、叱責や注意を受けることもあるかもしれません。そのうえ、SLDやADHDの子どもたちは、その注意の向け方や持続の問題から、聞いていないように見えたり、すぐに集中が途切れてしまったりもします。先生は一生懸命なのにその気持ちも知らないでふざけている、という評価を受けるような事例も少なくはないようです。

さらには、SLDにADHDを併存している場合、遅延報酬の障害から、先生のほうは根気よく指導をしてくださったとしても、子どものほうにしてみれば、すぐできるようにならないから誉められない、間違ってばかりいると報酬が得られないために、学習が嫌になってしまうということも起こりえます。こうした特性から、タブレットなどの学習アプリは、すぐに回答が音や映像で分かるように作られていて、それが小報酬となるために、子どもにとっては楽しく学習ができるように作られているということになります。それでも、一定以上の時間はかかりますし、私たちが思うような完全に困難を払しょくするような効果とはいかないでしょう。

つまり限局性学習症は、適した教材があればすぐに改善する、というわけではない、ということが大前提になるということを理解することが一番重要、ということになります。
また、この持続的であることの評価には「毎学年の通知表」「その児童の評価済み課題」「履修課程に基づいた成績」「臨床面接」などが持続的な学習困難の証拠になるとされています。またこれが、一度限りのものではなくて、経年的な変化など過去のものにさかのぼり、「累積された証拠によって示される」ことが重要であることを意味しています。

3.標準化された検査を用いた評価を行うこと
診断的特徴のなかに学習困難という言葉が繰り返し使われます。学習困難という言葉は、一般的で日常的にもよく使う言葉でもあるので、整理が必要です。特に教育現場で、境界域知能や軽度知的障害と、限局性学習症の混同が大きい現実もあるでしょう。

基準Bには以下のように書かれています。

基準B
欠陥のある学業的技能は、その人の暦年齢に期待されるよりも、著明にかつ定量的に低く、学業または職業遂行能力、または日常生活活動に意味のある障害を引き起こしており、個別施行の標準化された到達尺度および総合的な臨床評価で確認されている。17歳以上の人においては、学習困難の経歴の記録を標準化された評価の代わりにしてよい。

この「その人の成績がその年齢に期待されるよりも十分低い」は限局性学習症の本質的な特徴となります。この評価においては前述した毎学年の通知表などのみならず、心理測定的な証拠が必要であるとされています。こうした低い学業成績は、客観的なものでありつつ、教育や支援にかかわる皆さんは「どの程度低いとSLDというの?」と悩まれるかもしれません。実は、DSMとしても「学業的技能は1つの連続体として分布するため、その人が限局性学習症を持つか持たないかを鑑別できる境界点は存在しない」と明記しています。つまり「この点からはSLDと判断できる」という境目はないということです。

教育現場の感覚としては、授業等で学んだことがなかなか定着しないという印象をもち、「読み」「書き」「計算」に明確な特徴(基準A)を持っている、しかもそれがある程度個別に対応してもなかなか改善されていかない。心理検査(知能検査など)をやってみたら、こうしたつまずきが結果から示唆された。こうしたことが証拠となって、診断の場で採用されると考えられるでしょう。

◆吉田 ゆり(よしだ ゆり)
九州大学基幹教育院 教授
(兼任)キャンパスライフ・健康支援センター インクルージョン支援推進室
専門は発達臨床心理学。
公認心理師、臨床心理士、臨床発達心理士、そして保育士でもある。



■□ あとがき ■□--------------------------
次回は、お盆明けの8月30日(金)の刊行予定です。
猛暑が続いています。読者の皆さんにはくれぐれもご自愛ください。

▼YouTube動画 レデックス チャンネル ▼

メルマガ登録はこちら

本文からさがす

テーマからさがす

全ての記事を表示する

執筆者及び専門家

©LEDEX Corporation All Rights Reserved.