感覚の問題の背景にある神経学的障害

MAILMAGAZINE
メルマガ情報

2017.08.25

感覚の問題の背景にある神経学的障害

-TOPIC──────────────────────────────
■ 連載:成人ディスレクシアの独り言:中学校時代のこと?
■ 連載:感覚の問題の背景にある神経学的障害
─────────────────────────────────

 

───────────────────────────────────────
──■ 連載:成人ディスレクシアの独り言
第5回 「中学校時代のこと? 荒れることで居場所を見出した?」
───────────────────────────────────────
中学時代は、「荒れた子供」でした。
パンチパーマに短ラン、ボンタン。素肌に金のネックレス。とがった革靴。パッと見て誰もが眉をひそめる、「わかりやすい不良」だったと思います。けんかが好きだったわけでも、周囲への反発が強かったわけでもありません。ただ、不良でいることは、とても「楽」だったことをよく覚えています。

中一で、今と変わらない身長まであっという間に伸びた自分は、体格的にも先生よりも大きく、大人はすでに「圧倒的な強者」ではありませんでした。

小学校時代の授業場面は、いつ「読めない自分」「書けない自分」を晒されるかわからない、恐怖の中にいました。どんなに楽しい活動をしていても、「智、ここ読んでみろ」と言われたら、全てはかき消され、手に汗を握りしめて、みんなにくすくすと笑われながら、先生が諦めて解放してくれるのを待つだけの時間を過ごさないといけませんでした。自分には、抗うすべがなかった。

「わかりやすい不良」であった自分は、中学でそこから逃れる術を得ます。ちょっとでも自分を馬鹿にするような言葉が聞こえたら、机を蹴り上げ、睨みつけます。そうすると、誰も笑わない。そのうち、自分に「当てる」先生はいなくなりました。順番に当てていくときでさえ、当たり前のように、自分はとばされました。そこにいるのに「いないもの」として、授業は進んでいきます。

うれしかった。本当にうれしかった。「いつ当たるか」とびくびくすることなく、やっと、「安心して授業を聞く」ことができました。机の上に足を投げ出し、腕を組んで眉間にしわを寄せている大柄な中学生。さぞかし先生たちはやりにくかったろうし、クラスメートも不愉快だったことでしょう。今ならわかります。でも当時は、そんなことに気づくこともできなくて、ただ、耳に入ってくる新しい知識に、わくわくしていたことを覚えています。

この話をすると、妻はいつも眉をひそめます。「無視されることで安心できたなんて、辛すぎる・・」というんです。普通の人は、そうなんでしょうね。でも、読むことも書くことも困難が大きかった自分は、「笑われるんじゃないか」「馬鹿にされるんじゃないか」という思いを消し去ることができなくて、授業はいつも、安心できる場ではありませんでした。だって、読むことも書くことも「出来て当たり前のこと」で、それはいつもなんの前触れもなく始まるので、油断できなかったんです。「自分は授業への参加を求められていない」という状況の中では、そんな心配をすることなく、ゆっくり先生の話を聞くことができました。「辛すぎる」と言われても、できないことを求められ続け、恥をかき続ける日々の辛さに比べたら、そんなもの、なんでもありませんでした。

「わかりやすい不良」であることで楽だったのは、授業中だけではありません。友人関係においても、この「楽」な状態は生まれました。

「不良仲間」という言葉の通り、中学以降は同じような同級生とつるむことが増えていきました。ぱっと見、こわい集団だったと思います。だから、周囲は、何も言わない。「勉強しろ」「お前は怠けているからできないんだ」と、いつも自分をなじっていた先生でさえ、街で見かけても、目を合わせることすらせずに、こそこそと通り過ぎていきます。正直、ちょっと強くなった、そんな錯覚も覚えました。

そして、当時の「不良仲間」は、みんなどこか「弱み」を抱えていました。虚勢を張って、不良になった部分もあったのでしょう。だからこそ、お互いその部分には「触れない」んです。そこでは、自分が、読めないことも、書けないことも、全く気にせずにいられました。だって、そんなこと、誰からも求められない。勉強の話や将来の話なんて、そこにはありませんでした。ただ、今日何をして遊ぶか、明日何をして楽しむか、どの先生にムカついて、どんな仕返しをしてやろうか、、、そんな話ばかりの日々。新しいことを知った時のわくわく感も、何かができるようになった時の高揚感もなかったけれど、できないことを指摘されたり見下されたりする怖さもなかった。小学校時代、自己評価がボロボロになっていた自分にとっては、居心地のいい場所だったんです。

小学校時代の賢い友人たちは、自然と離れていきました。ぼんやりと「自分はあの子達と違う世界を生きていくんだな」と思いました。これからきっと、勉強して高校大学と進んで行くだろう彼ら。読むことも書くこともできない自分には、そんな選択肢がないのはわかりきっていましたから・・・。

井上智、井上賞子
ブログ「成人ディスレクシア toraの独り言」(ブログはこちら>>

 

───────────────────────────────────────
──■ 連載 発達障害の感覚の問題
第2回 感覚の問題の背景にある神経学的障害
───────────────────────────────────────
1.はじめに

前号で、自閉スペクトラム症(Autism Spectrum Disorder: ASD)児者に見られる感覚の問題のタイプや実例を紹介しました。本号では、ASD児者の感覚の問題の背景となる神経学的障害に関する諸研究からわかっていることについて紹介します。

2.ASD児者の感覚の問題と脳機能

ASD児者の感覚の問題は、末梢の障害ではなく、中枢神経系の障害によるものであると考えられています(Mikkelsen et al., 2017)。ASD児者の感覚の問題の背景となる脳機能の障害に関する研究の中で、感覚入力時の反応異常を示したもの、脳のネットワークの問題を示したもの、神経伝達物質の問題を示したものなどについて説明します。

(1) 感覚刺激入力時の反応異常
これまでの研究で、ASD児者における感覚刺激入力時の感覚野等の異常を示す結果がいくつか報告されています。

体性感覚刺激を与えた際の脳波である体性感覚誘発電位のピークが、早く増加していたことがわかっています(Miyazaki et al.,2007)。

脳磁図(MEG)を用いた研究では、ASD児は触覚刺激が入った時の第一次体性感覚野の反応が弱かったことが指摘されています(Marco et al., 2012)。

C線維を刺激する触覚刺激と比較してC線維を刺激しない触覚刺激の際の第一次体性感覚野の活動の違いが、ASD群とコントロール群の間で見られ、異常な感覚刺激への皮質反応が認められたことがわかっています(Kaiser et al., 2016)。

聴覚過敏があるASD児でも、MEGを用いた研究で聴覚刺激に対する聴覚野のM50成分が増加していたことがわかっています(Matsuzaki et al., 2014)。

機能的MRI(fMRI)を使った研究で、感覚刺激に対する過反応が見られるASD青年は、第一次感覚野と扁桃体の活動が有意に高く、過反応がない群に比べ刺激に対する慣れが起こりにくかったことが報告されています(Green et al., 2015)。

一方、体性感覚刺激、視覚刺激、聴覚刺激の際のfMRIのBold信号には定型発達と差がなかったものの試行間の差が大きかったこと、これが症状の強さと負の相関を示したことがわかっています(Dinstein et al., 2012)。

(2) ネットワークの問題
近年、感覚処理の問題があるASD児者の、脳内のネットワークの異常を示す研究が多く報告されています。

安静時機能的MRI(rs-MRI)を用いた研究で、感覚刺激に対する過剰反応がより顕著なASD青年は、右の前部島皮質と感覚運動領域(両側の中心前回、右中心後回、上側頭回)とのコネクティビティ、右の扁桃体と島皮質、両側の側頭極のネットワークのコネクティビティが過剰であったことが報告されています(Green et al., 2016)。

同じくrs-MRIの研究で、第一次感覚野ネットワークと皮質下ネットワーク(視床、基底核)の機能的連結がより強いことがわかっており、この異常が感覚刺激への過反応や低反応と関係して、トップダウンコントロールの困難を引き起こしている可能性が指摘されています(Cerliani et al., 2016)。

少し不快な聴覚刺激と触覚刺激を与えた際のfMRI画像で、視床枕と皮質の連結の調整の異常が認められ、視床枕と扁桃体の連結は感覚刺激への過剰反応と相関していたことがわかっています(Green et al., 2016)。

拡散テンソル画像(DTI)を用いた研究でも、ASDの聴覚処理の問題と脳の白質の異常が関係すること(Chang et al., 2016)、触覚防衛と脳の白質の異常が関係すること(Pryweller et al., 2014)が明らかになっています。

DTIを使った研究で、ASD児は膝と小脳の経路が、反復的行動と感覚刺激への反応性と関連があったこと、6ヶ月時の膝の異方性比率(fractional anisotropy: FA)値が2歳時の反復行動や感覚刺激への反応性を予測していたことや、小脳の経路はその後の感覚反応性を予測していたことがわかっています(Wolf et al., 2017)。

(3) 神経伝達物質の問題
神経伝達物質の代謝が感覚処理の問題と関係していることを示した研究もあります。

神経伝達物質のセロトニンのトランスポーターの遺伝子型が触覚刺激への過剰反応と関係していたことが報告されています(Schauder & Muller, 2015)。

レビュー研究でGABA作動性の過程がASDの感覚処理の問題と関係している可能性が言及されています(LeBlanc & Fagiolini, 2011)。

3.ボトムアップとトップダウン

ASDの感覚処理の問題はボトムアップの問題によって起こるのか、トップダウンの問題によって起こるのかという議論もあります。ボトムアップは低次レベルでの感覚入力データに基づいた処理が行われ、その後、より高次なレベルへ進む情報処理で、トップダウンは高次なレベルからの情報処理です。

現在、この両者それぞれの異常を示す研究報告があります。

まず、ボトムアップや脳の中での早期の感覚処理の問題を示す報告があります。
脳波を用いた研究で、ボトムアップ注意と関係する早期事象関連脳電位成分は感覚過敏と相関していたことがわかっており(Karhson & Golob, 2016)、ボトムアップ処理と感覚の問題が関係している可能性が考えられます。

一方、トップダウンや後期の感覚処理に問題が見られたという報告もあります。
ASD者は連続的な人の音声刺激の際には、トップダウンの抑制をかけていることが推察されています(Whitehouse & Bishop, 2008)。

ASDの聴覚刺激への気づきにくさについても、ASD群とコントロール群で聴覚野の活動に違いはなく、前頭前野で違いがあったことから、聴覚野の問題ではなく不注意によるものであろうと考えられています(Funabiki Y et al., 2012)。

レビュー研究でも、ASDの感覚処理におけるトップダウン処理の問題が示唆されています(Gomot & Wicker, 2012)。

以上のように、感覚処理の問題に関するボトムアップ、トップダウンの双方の問題を示す報告があることは興味深いです。

4.おわりに

以上のように、感覚処理の問題と関係する脳機能障害については未だ解明されていませんが、近年、ここに焦点を当てた研究が増えています。今後の研究によって、感覚処理の問題の背景となる神経学的障害がより明らかになっていくと思います。

※文献
Cerliani L, Mennes M, Thomas RM, Di Martino A, Thioux M, Keysers C: Increased Functional Connectivity Between Subcortical and Cortical Resting-State Networks in Autism Spectrum Disorder. JAMA Psychiatry. 72(8):767-77. 2015

Chang YS, Gratiot M, Owen JP, Brandes-Aitken A, Desai SS, Hill SS, Arnett AB, Harris J, Marco EJ, Mukherjee P.White Matter Microstructure is Associated with Auditory and Tactile Processing in Children with and without Sensory Processing Disorder. Front Neuroanat. 26;9:169. 2016

Dinstein I, Heeger DJ, Lorenzi L, Minshew NJ, Malach R, Behrmann M: Unreliable evoked responses in autism. Neuron. 20;75(6):981-91. 2012

Funabiki Y, Murai T, Toichi M: Cortical activation during attention to sound in autism spectrum disorders. Res Dev Disabil. 33(2):518-24. 2012

Gomot M, Wicker B: A challenging, unpredictable world for people with autism spectrum disorder. Int J Psychophysiol. 83(2):240-7. 2012

Green SA, Hernandez L, Bookheimer SY, Dapretto M: Salience Network Connectivity in Autism Is Related to Brain and Behavioral Markers of Sensory Overresponsivity. J Am Acad Child Adolesc Psychiatry. 55(7):618-626.e1. 2016

Green SA, Hernandez L, Bookheimer SY, Dapretto M: Reduced modulation of thalamocortical connectivity during exposure to sensory stimuli in ASD. Autism Res. 29. 2016

Green SA, Hernandez L, Tottenham N, Krasileva K, Bookheimer SY, Dapretto M:Neurobiology of Sensory Overresponsivity in Youth With Autism Spectrum Disorders. JAMA Psychiatry. 72(8):778-86. 2015

Kaiser MD, Yang DY, Voos AC, Bennett RH, Gordon I, Pretzsch C, Beam D, Keifer C, Eilbott J, McGlone F, Pelphrey KA: Brain Mechanisms for Processing Affective (and Nonaffective) Touch Are Atypical in Autism. Cereb Cortex. 26(6):2705-14. 2016

Karhson DS, Golob EJ: Atypical sensory reactivity influences auditory attentional control in adults with autism spectrum disorders. Autism Res. 9(10):1079-1092. 2016

LeBlanc JJ, Fagiolini M: Autism: a "critical period" disorder? Neural Plast. 2011:921680. 2011

Marco EJ, Khatibi K, Hill SS, Siegel B, Arroyo MS, Dowling AF, Neuhaus JM, Sherr EH, Hinkley LN, Nagarajan SS: Children with autism show reduced somatosensory response: an MEG study. Autism Res.;5(5):340-51. 2012

Matsuzaki J, Kagitani-Shimono K, Sugata H, Hirata M, Hanaie R, Nagatani F, Tachibana M, Tominaga K, Mohri I, Taniike M: Progressively increased M50 responses to repeated sounds in autism spectrum disorder with auditory hypersensitivity: a magnetoencephalographic study. PLoS One. 23;9(7):e102599. 2014

Mikkelsen M, Wodka EL, Mostofsky SH, Puts NA: Autism spectrum disorder in the scope of tactile processing.Dev Cogn Neurosci. 23. pii: S1878-9293(16)30141-4. 2016

Miyazaki M, Fujii E, Saijo T, Mori K, Hashimoto T, Kagami S, Kuroda Y: Short-latency somatosensory evoked potentials in infantile autism: evidence of hyperactivity in the right primary somatosensory area. Dev Med Child Neurol. 49(1):13-7. 2007

Pryweller JR, Schauder KB, Anderson AW, Heacock JL, Foss-Feig JH, Newsom CR, Loring WA, Cascio CJ. White matter correlates of sensory processing in autism spectrum disorders. Neuroimage Clin. 13;6:379-87. 2014.

Schauder KB, Muller CL, Veenstra-VanderWeele J3, Cascio CJ4. Genetic Variation in Serotonin Transporter Modulates Tactile Hyperresponsiveness in ASD. Res Autism Spectr Disord. 1;10:93-100. 2015

Whitehouse AJ, Bishop DV. Do children with autism 'switch off' to speech sounds? An investigation using event-related potentials. Dev Sci. 11(4):516-24. 2008

Wolff JJ, Swanson MR, Elison JT, Gerig G, Pruett JR Jr, Styner MA, Vachet C, Botteron KN, Dager SR, Estes AM, Hazlett HC, Schultz RT, Shen MD, Zwaigenbaum L, Piven J: Neural circuitry at age 6 months associated with later repetitive behavior and sensory responsiveness in autism. Mol Autism. 4;8:8. 2017.

岩永竜一郎(長崎大学 生命医科学域)

 

──■ あとがき
───────────────────────────────────────
今回は岩永先生に最新の、多数のご研究を紹介していただきました。一読者として興味深く拝読しました。一方編集者として、医学的な専門用語への注釈ができませんでした。お詫び申し上げます。

次回メルマガは9月8日(金)です。

メルマガ登録はこちら

本文からさがす

テーマからさがす

全ての記事を表示する

執筆者及び専門家

©LEDEX Corporation All Rights Reserved.