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■ まえがき
■ 連載:大人の聴覚認知を鍛える 実践編
■ 参考:聴覚認知バランサー概説
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■ まえがき
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中川先生に連載いただいている「聴覚認知の仕組みと聴覚認知バランサーの活用のしかた」ですが、聴覚認知バランサーについてある程度、ご案内した方が分かりやすい部分があると思い、その概要を最後の記事としてまとめました。ご関心をお持ちの方はお読みください。
ただ今回の連載は、ソフトの使い方を通して、聴覚認知を改善する方法について理解を深めていただくためのものです。その意味では、聴覚認知バランサーの利用は必須ではありませんので、そういった観点から読んでいただければ幸いです。
■ 連載:聴覚認知の仕組みと聴覚認知バランサーの活用のしかた
第6回 大人の聴覚認知を鍛える 実践編
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今回の内容は、きこえと認知を鍛えるための戦略のひとつとしての聴覚認知バランサーの活用実践編として、大人の補聴器の適合評価への応用について解説します。子ども編は次回となります。
まず、きこえの困りについておさらいしましょう。
きこえの困りは、
伝音難聴(CHL)
感音難聴(SNHL)
聴覚情報処理障害(APD)
の3つがあります。
一番目の伝音難聴は、文字通り音を伝える仕組みにエラーが生じた状態です。
耳垢(あか)が耳栓のようにつまっていたり、痛くない中耳炎(中耳腔に水の溜まる滲出(しんしゅつ)性中耳炎)にかかっていたり、外傷や感染がきっかけで鼓膜に穴があいていたり(慢性穿孔(せんこう)性中耳炎など)することで気導音が効率よく内耳まで届かないことがその原因です。いずれの病態も処置や手術を受けることできこえの困りを改善させることができますが、治療を受けない限り、その状態はよくなりません。
二番目の感音難聴は有毛細胞の障害で生じます。これには2つのタイプがあります。ひとつは、蝸牛(かぎゅう)の外側にある外有毛細胞が障害されて生じる難聴です。大きな音、つまり物理的に大きなエネルギーの刺激によって外有毛細胞の「毛」の部分に負担がかかりすぎて、抜け落ちてしまうことが原因で難聴となります。
もう一つは代謝や循環といったシステミックな問題での不調が原因で引き起こされる難聴です。有毛細胞は栄養過多と酸欠が苦手です。高血糖や高脂血症といった状態は栄養たっぷりでよさげにみえますが、実際には酸化ストレスを増大させてしまい有毛細胞の活動そのものを休止させてしまいます。大音響でハゲそうになるほどにいじめられた有毛が、自分自身で自己修復しようと試みてもなすすべもなく、外有毛細胞はハゲになってしまいます。内有毛細胞と呼ばれる神経細胞の働きも、きこえに大きく影響しています。やっかいなことは、内有毛細胞は音という刺激が栄養なのです。ですから会話や音楽が不足すると、それが原因できこえの機能が休眠したり自死したりすることもあるのです。結局、有毛細胞に関しては、うるさすぎず静かすぎず、栄養はほどほどというのがとても大事です。
三番目は聴覚情報処理障害と呼ばれる病態です。この聞きなれない病名は、英語ではAuditory Processing Disorderと呼ばれています。頭文字をとって単にAPDと略して呼ぶのが一般的です。高次脳機能との関係性から言語や聴覚を考えるという比較的新しい疾患概念です。わたしは人から尋ねられた時、「APDとは聴覚における脳内ストリーミング処理の障害ですよ」と説明することにしています。「ストリーミング?」と煙にまかれて目をキョトンとさせたそのスキに「いつ、どこ、だれ、なにと言う文意のままに理解する力。さらには どんな? という質感や雰囲気までをも理解する力。共感力にエラーが生じている状態のこと。KYというのはある意味、APD的な状態ですね」などとも説明したりしています。
伝音難聴にせよ感音難聴難聴にせよ「きこえの困り」が、そのまま放置されてしまうと、これまでに覚えてきた情報と難聴の耳から入ってくる情報とのミスマッチが生じやすくなり、リアルタイムに聞いたことばを理解することが困難となります。それはとどのつまりAPD同様、空気が読めない状態を生み出してしまいます。その意味では難聴が放置されたその行き着く先には、APDな状態が待っていると言えるかもしれません。
●補聴器を通してのきこえを最大化するにはトレーニングが必要。
きこえの困りの解決には補聴器が有用です。
補聴器は伝音難聴によるきこえの困りの解消にとても有効なツールで、伝音難聴の人は補聴器を付けただけですぐにきこえの改善を実感できます。一方で、感音難聴やAPDの人は補聴器をつけただけではそうした問題を即座に解決することができません。伝音難聴は音が小さく聞こえてしまうために聞き取りのエラーを生じているのに対して、感音難聴の場合は音が歪んで聞こえたり、似て非なる音として知覚されてしまったりすることが原因だからです。
APDの場合は、ことばのあや「あうん」のニュアンスがわからない状態ですからさらに困った状態になります。
それぞれに特別な補聴器のセッティングをすることが必要です。感音難聴の場合は聞こえなくなった音色がふたたび聞こえるように調整したり、それが難しい場合には、そうした音の存在が分かるように、本来の音色のもっている周波数を異なる周波数に移転することで音の存在を理解させる、なんてことも行います。
APDについてはまだまだ補聴器でできることは限られてします。それでもSN比をよくしたり指向性を高めたりすることでAPDの人も、驚くほど理解が進むようになります。
補聴器は歪んで聞こえなくなった音色や違う音色に聞こえてしまう音情報を補正する力を備えていますが、万能ではありません。大きな歪みを小さな歪みに変えるとか、区別できなかった2つの音色をそれなりになんとか聞き分けできるようにするというレベルの調整しかできないのです。ですからそうしした、いくぶんか改善された聴覚情報を、脳が的確に活用できるようトレーニングを行うことが必要になるのです。
補聴器を使っている人たちのほとんどは感音難聴の方です。しかもその人たちのほとんどはトレーニングをしていません。その理由は、自宅で簡便にできるセルフトレーニング環境がなかったからです。
● Lose it, or , Use it !?
Lose it, or , Use it !? とは、「使わずに脳機能を失っていきますか、それともガンバって脳を使い込んで脳を育てますか?」という意味です。
補聴器のパフォーマンスを最大化するには、補聴器を通して聞こえる音で再学習することが必要です。
難聴のままにしておくと、耳がよかった時に覚えたことばと難聴になってから覚えていくことばが、本当は脳内の同じ辞書に書き込まれるべきであることに気づくことができません。もしそのまま脳内の別々のフォルダに保存されてしまったら、後で思い出すのはとても大変なことになるでしょう。音韻という手がかりで検索できなければ、聴覚コミュニケーションを維持することはとても難しくなるでしょう。
脳内処理資源としての脳内言語は、辞書のように音韻情報をベースに格納されています。さらに1音目が聞きとれなくても、2音目以降の情報を想像して1音目を補填し本来の意味を認知するなんて芸当も行っています。
ですから聴覚認知の能力アップのためには、補聴器を装用した状態でさまざまなシチュエーションの聞き取りトレーニングが必要なのです。
●聴覚認知バランサーのタスクを活用しよう
1.聴力チェック
まず聴力チェックで自身の聞き取りを確認しましょう。タスクは裸耳と装用耳の両方で行います。補聴器を使っても聴力チェックのスコアが上がらない時は補聴器の調整が必要かもしれません。調整してもスコアが上がらないのは、その補聴器に限界があるからかもしれません。
スピーチバナナ上に、補聴器を装用してもスコアがよくならない、いつも聞き取りの悪い部位がある場合は、そうしたハンディをいかに克服するかが課題になるでしょう。
2.1音ジャッジ
単語は「オハヨウございます」と、いくつもの音素が一定時間に展開される情報です。「・・ようございます」と聞こえても、「おはようござ・・・」としか聞こえなくても、相手がオハヨウございますの言っているんだと分かるのは、頭の中で最初の(語頭の)音素やあるいは語尾の音素を補填しているからにほかなりません。そうした補填は、注意力や集中力だけでなくそのひとの「語彙力」そのものにもかなり依存します。ですから語彙力を鍛えることはとても大事なのです。正しい音素だけを学ぶのではなく、その中間部分しか聞きとれなくても全体を予測する力を鍛えることは、実生活での聞き取りアップにじつに多くの福音を与えてくれます。
3.イン・ザ・クラウド
われわれは単語や文を理解する時に、ことばとことばの区切り、ブレスや句読点を手がかりにしています。ですから、ブレスや句読点をしかと認識できないと、ことばの意味の理解にさまざまなエラーが生じてきます。
また一方でブレスや句読点を検知できない時は、そこにも音があるはずだと勘違いする傾向も持ち合わせています。ですから雑音下(イン・ザ・クラウド)で、聞き取りにくい時には、ついつい自分になじみのあることばを想像してしまいがちになります。雑音下にあってもその中に含まれるわずかな本来の音素の特徴を捉えて正しく聞き取る訓練は、食事の団欒(だんらん)や雑踏の中での会話においてもしっかりとした聞き分けができる耳を育てることにつながります。補聴器を通して聞こえる音素は、これまでに学習してきた音素とはそのメリハリが異なりますから、なおのことそうしたトレーニングが行われるほどに聞き取り能力をアップすることが期待できます。
中川雅文・国際医療福祉大学教授
国際医療福祉大学病院耳鼻咽喉科部長
◯参考図書 中川雅文著 耳と脳 臨床聴覚コミュニケーション学試論
医歯薬出版 2015 (詳細はこちら>>)
■ 参考:聴覚認知バランサー概説
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聴覚認知バランサーは、きこえの困りを発見し、また、その利用によりきこえの力を高めるためのものです。それをどのように実現しようとしたかを、2014年12月に行われた日本LD学会での、中川先生と五藤のポスター発表から編集してご紹介させていただきます。
●目的
聴覚は、耳から音韻情報を入手し(Input)、脳で意味的理解や判断を行う(Process)一連の認知機能です。聴覚的理解力を高めるには、入力・理解・判断の各段階の機能を評価し(Assessment)、それらの機能の活用のしかたを体得させていく方法が考えられます。
そこで、音源を用意し、それをスピーカなどで出力、それに対する利用者の反応パターンから聴覚的理解と認知を評価するソフトウエアを開発することを企画しました。
●開発内容
1.音源データ
聴覚的理解・認知を評価する音声データは被験者に対して、ことばの難易度(なじみやすさあるいは親密度)を統制した単語を用いる必要があります。
また、聴力レベルを考慮した音圧レベルでの提示が必要となります。そこで「親密度別単語了解度試験用音声データセット」(NTT、東北大)などの先行研究を参考に、親密度のもっとも高い単語180語とそれに準じる単語520語、合計700語を選出し、検査音源用単語として用意しました。また、それぞれの単語ごとに、聞き間違いやすい音素からなる多数の単語を用意しました。
検査音源として抽出した700語は、成人(男女)、子どもの3種の音声で録音し、音源データを作成しました。さらに、高い親密度の180語について、音素に分割して、その音響特性(音の高さ、大きさ)を測定しました。
2.ソフトウエア構成
聴覚障害を調べるための聴力テストプログラムと聴覚処理障害(AuditoryProcessing Disorder:APD)に関連する6種類のプログラムを開発しました。
さらに、被験者一人ひとりの聴覚レベルに合わせるための設定機能、取組結果を時系列に記録し、表示する記録参照機能を用意しました。
聴覚認知バランサー構成図 (詳細はこちら>>)
3.設定機能
6名まで利用者登録ができます。利用者ごとに取り組む際に、音声は男性、女性、子どもの3種類の声のいずれかを選択できます。
画面の表示には、フォントとしてゴシック体と教科書体を選択できるようにしました。登録した利用者の生年月日によって、小学2年生までの学年配当漢字が使用される表示と、常用漢字が使用される表示が自動設定されます。
この切り替えは指定することもできます。
さらに、発達障害のある子どもの特徴を考慮し、失敗時の効果音を5種類から選択、または効果音を出力しない設定も用意しました。
4.聴力チェック
高親密度180語の中からランダムに課題語が選ばれ、間違いやすい多数の語群からランダムに抽出された3語と共に四択の形で解答欄が用意されます。課題語が50dBの大きさで音声出力され、解答欄から選択肢をクリック(またはタッチパネル付タブレットでタッチ)します。もし、聞き取れない場合は「もう一度聞く」をクリックすると、+5dBで再度、音声出力され、それが繰り返されます。結果は、正解の音素と、課題語と間違えた選択肢の差分となる音素が、色分けされて、グラフ上にプロットされます。グラフは、横軸が高さ(周波数)、縦軸が大きさ(音圧)、その中に一般的な話声域がバナナのような楕円で示されており、聞きとれた音素または間違えた音素がどんな大きさだったか、高さだったかが分かります。
聴覚認知バランサーページ (詳細はこちら>>)
※中段に聴力チェック、下段にAPD関連プログラムの画面イメージ
5.APD関連プログラム
次のように6種類を用意しました。
1)音組織別:1音ジャッジ
出力された語の「最初の音」または「最後の音」を、50音表(濁音半濁音や拗(よう)音も含む)のクリックで答えます。
2)前後庭識別:イン・ザ・クラウド
生活音の雑音が流れる状態で、課題語が出力され、間違いやすい語と共に表示される四択の選択肢から解答します。回答するまで繰り返し課題音が出力され、毎回、雑音は-5dB小さくなっていきます。
3)ワーキングメモリ:ランダムワード
2文字または4文字でスタートします。ランダムな音のつながりが出力され、それを50音表から答えます。正解すると文字が1つずつ増えていきます。
4)言語流暢性:単語ジャッジ
カテゴリー(動物、乗り物等)が指定され、出力される課題語がそのカテゴリーに合致するかどうかを判断し、Yes/Noで解答します。
5)語彙識別:カテゴライズ
出力される課題語が、四択で示される選択肢のカテゴリーのどれに当てはまるかをクリックで解答します。
6)聴覚と視覚の協応:色あて
聞いた音の意味と、画面に表示される語(色の名前)の意味と文字の色のいずれが同じを判断します。最初の5問は、音の意味(聴覚の意味情報)と文字の色(視覚の情動情報)が同じか、次の5問は、音の意味と文字の意味(視覚の意味情報)が同じかを判断します。
6.記録参照機能
前述の7種類のプログラムの結果はすべて、正誤が(一部のプログラムでは解答までの時間も)勘案された点数で示されます。さらに、点数は平均が100、その15%(一部30%)を標準偏差とした指数で示されます。
取り組み結果はすべて自動的に記録され、それぞれのプログラムの時系列変化の折れ線グラフと、6つのAPDプログラムのバランスチャートで示されます。
折れ線グラフのスケールは、7日、30日、90日の切り替えができます。
(五藤博義)
■ あとがき
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台風とその後の大雨で被害に遭われた方々に、お見舞い申し上げます。
一日も早い復旧をお祈りいたします。
大人の聴覚認知を鍛える 実践編
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