大人の聴覚認知はどのように衰えるか

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2015.08.07

大人の聴覚認知はどのように衰えるか

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■ 連載:大人の聴覚認知はどのように衰えるか
■ 書籍:学校の中のハイブリッドキッズたち
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■ 連載:聴覚認知の仕組みと聴覚認知バランサーの活用のしかた
第4回 大人の聴覚認知はどのように衰えるか
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これまで第1回「こどもの聴覚の発達」、第2回「聴力チェック」、第3回「色あて」について解説しました。

今回は「大人の聴覚認知はどのように衰えるか」について解説します。大人のきこえと認知の仕組みを理解した上で、次回以降ではふたたび、聴覚認知バランサーの収録タスクについて解説をしていく予定です。

● 大人の聴覚認知はどのように衰えるか

われわれの認知プロセスとは、五感で知覚した事象を脳内にある知識(処理資源=記憶)と照らし合わせることで行われます。記憶の形成は一般的には、その提示された頻度に依存して定着の度合いが高まります。また、五感全部が動員されるようなマルチモダリティーな刺激の時にインパクトが強くなるようで、1回の提示でも濃厚に記憶される傾向があります。

受験勉強で何度もくり返し読み書きして覚えたのは頻度を活用した記憶です。
事故や事件などのショッキングな現象がいつまでもこころのキズ、PTSDとして残るのは、五感を動員するような激しい刺激があったからです。

そうした「記憶=経験や学習」のひとつとして、われわれはことばや音楽という情報を脳で処理しています。

今回は、経験と学習に充ち満ちたはずの「大人の聴覚と認知」がどのようにしてそのパフォーマンスを劣化させていくのかについて解説し、次回以降でそうした機能低下を聴覚認知バランサーでどのようにして評価していくかについて解説します。

1)記憶の獲得

記憶が形成され活用されるプロセスを心理学では「記銘」「保持」「想起」ということばで表します。記銘=覚える は、ありのままに覚えるのではなく、その事象を頭の中でイメージをふくらませたり、反復したりしながら記憶させようとします。例え「4133」なら「よいみみ」と語呂合わせにしたりするのはイメージをふくらませる手法のひとつでしょう。そうして獲得された記憶はできるだけそのままの形で保持されておく必要があります。その形が変化してしまうと、いざという時に正しい情報として活用することができないからです。

最終的には記銘・保持された情報を想起してはじめて記憶が活用されるわけですが、想起にはふたつの種類の情報処理様式があります。ひとつは「再生」であり、もう一つは「再認」と呼ばれています。再生とは、記憶内容をことばとして言い表したり書き表したりすることです。再認とは、記憶内容を頭の中で確認することです。

耳で聞くという行為は、音素を的確に聞き取り、それを脳内で再構築し、脳内辞書を参照してその音韻なり意味なりを理解することに他なりません。実際の場面では、ことばは周囲の雑音によってその一部を失っていますから、きこえたままの情報を脳内資源と参照しても、そこでベストフィットすることはまずあり得ません。ベターフィットあるいはプワーフィットな、その片鱗とも言える情報をトップダウン情報処理することによって、おそらくそれだろうという案配でものごとを認知しているのです。

2)記憶の変容が認知のエラーを生み出す

記憶は変容する宿命を持っています。時間というバイアスや貯蔵される情報量の増大によって、個々の情報はいずれであっても必然的に「減衰」「平準化」「強調化」「消失」といったプロセスの中で変容していきます。

減衰とは、記憶のディテールが失われていくこと意味します。印象がおぼろげになり、色調やコントラストが変化して行きます。

平準化とは、近接した類似の情報を、知らず知らずに同じカテゴリーとしてひとくくりにして覚えてしまう状態です。またその逆に特定の情報についは、本来はそれほどメリハリが合ったわけではないのに、なにやら極端に個性的なものとして記憶していくことになります。

しかし、そうした記憶はいずれ時間というフィルターの中で情報が蓋然化し希釈され、最後は脳の奥深くに押しやられて、思い出すことさえも困難な事実上の消失という事態にまで変容していきます。

記憶を正確に保持しておくためには、われわれは常に立ち止まり、再学習する場面を持つことが必要です。好きこそものの上手であるのは、その趣味性によって情報を常に反復して処理しているために、記憶がいつまでも変容しないからなのでしょう。

生涯学習が大切なのは、片隅であれ脳内に記憶の片鱗がある限り、その片鱗をさび付かせないことで、それこそが脳にとって一番大切なことなのです。

3)加齢性難聴と学習障害

記憶の変容は脳の中だけで起こる現象ではありません。もっとも高頻度で、かつ、もっとも大きく記憶を変容させるのは、脳の衰えではなく、耳の衰えによるところが大きいのです。難聴に伴う不適切な音韻による言語獲得では、そもそも正常な脳内辞書をつくることができません。幼児や学童は軽度難聴でも補聴器を積極的に装用して学習機会に触れる必要がある、というのはそうした理由からです。

そして高齢者の場合は、加齢性難聴が待っています。加齢性難聴によって少しづつきこえの力が弱まると、それまで使っていた脳内辞書もその歪みにあわせて適当に処理できるよう冗長性を高める必要があります。もちろんそうした軽度難聴の段階であれば、近づいて会話すればそうしたハンディは顕在化しないのでしょうが、どうもスキンシップの苦手な日本人はそうした親密な距離感が苦手なようで、近づくくらいならきこえていなくても聞こえたふりして、威張っているとか愛想を振りまいてしまっているほうがいいと思っている節があります。それはさておき、難聴が原因で正しく音韻学習できないばかりか、正しく覚えていたことばもうまく活用できない状態というのが高齢者のひとつの特徴なのです。

だから難聴になった高齢者は、新しいことばを覚えるのが苦手です。それどころか新しいことばを聞いても、その歪んだ音韻のことばであるがゆえに、勘違いで脳内辞書にある別なことばをそこで想起してしまったりします。つまり難聴によって高い音色の音素が聞きとれなかったり、脳の情報処理速度の低下や脳内バッファーが小さくなるために、ことばを最後まで聞きとれないなどという問題が生じてしまうのです。そうしたことが原因で、新しいことばをそのままに正しい発音で学ぶことができないのです。

久しぶりに耳にするようなことばなど、すでに脳内で減衰あるいは消失しかかっている歪んだ脳内記憶と、難聴で歪んで理解してしまった音声とでは、いくらお互いで参照し合ってもそれを同じものと判断することはできないでしょう。

難聴を放置していく内に、脳の中は同音異義語や似たような音だけど意味が違うことばを同じカテゴリーとして情報処理するようになってしまったり、若い時に覚えたことばと難聴になってから再認識して覚えたことばを、同じ意味だけどそれぞれ別な発音の、別なことばとして記憶してしまったりするという事態が生じてしまうのです。

高齢者にとって難聴とは、生涯学習、耳学問の機会を奪い取るとても危険な感覚器障害なのです。

4)最後まで聞けない高齢者

高齢になるにつれて変化して行く傾向として、聴覚の時間窓が狭くなるという現象があります。こうした時間窓の狭小化は、総じて前頭葉機能の低下と密接にリンクしています。

聴覚の感覚記憶は「マジックナンバー7」といわれます。
「たけやぶやけた」の7音なら即座に復唱できますが、「81383113111」は1回で覚えるのは大変です。ですが「+81-3-3811-3111」みたいな電話番号風になるとすぐに覚えることができるのは、そこに「+81」国番号、「3」都内みたいな属性が入ったりすることで、情報のサイズがコンパクトになるからです。

高齢者の場合はその記憶できる「尺」が短くなるので、なじみのないことば(親密度の低いことば)の時には顕著に聞き逃し、聞き漏らしをしてしまいます。そうしたときの聞き逃し、聞き漏らしはたいていは語頭か語尾に決まっているようです。単語を聞かせてその直後に、語頭か語尾の音素を言い当てさせることで単語聴取時の時間窓が充分に機能的に確保されているか否かを見極めることができます。そのことで短期記憶的な脳の機能を簡便に知ることができます。

次号は今号の続きとして、聴覚認知バランサーに搭載されているタスクの解説を行います。第6回と第7回は実践編として、介護施設の現場や補聴器販売店向けのテーマと、お子さんの聞き取りアップのための戦略的活用法について書き、まとめとする予定です。

中川雅文・国際医療福祉大学教授
国際医療福祉大学病院耳鼻咽喉科部長

◯参考図書 中川雅文著 耳と脳 臨床聴覚コミュニケーション学試論
医歯薬出版 2015 (詳細はこちら>>

 

■ 書籍 学校の中のハイブリッドキッズたち
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この本は中邑賢龍先生が持つ理念を、特別支援にかかわる多くの学校教師によって実現が可能であることを示した実践をまとめた本です。

その理念とは、子どもたちが生身の身体だけで発揮できる能力を伸ばすこと以上に、社会で実際にできることを増やし、高めることが教育の役割であるということだと思います。専門用語では支援技術(Assistive Technology、略してAT)といいます。

メガネをかけたり、入れ歯を入れたりすることに、多くの人は異を唱えません。ところが、漢字をパソコンを使って書いたり、声を出す代わりにボタンを押して機械に音声を出させたりすることには躊躇する人が多いのが現状です。様々な研究が進んで、漢字が書けないのは形が見分けられないというタイプの脳の人だからであり、声を出さないのは他の人に働きかけることの意味を感じられないタイプの人だからであることが分かっても、それはなかなか変わりません。

この本でも、ICTを使うという趣旨に賛同してこのプロジェクトに参加した多くの先生でも、その文化からなかなか抜け出せなかったことが紹介されています。おそらく、苦労はしたが、努力することでいろいろなことができるようになったという自分の経験に基づいて、他の人も大なり小なり同じではと考えてしまうことから来ているのだと思います。

ディスレクシアの人でも長い時間をかけて努力すれば、なんとか文が読めるようになる人もいることは事実です。ですが、その状態に至るまでの時間に経験できる、さまざまな文を(他の方法を使って)読んで得られる経験、さらにその経験に基いて取り組む可能性のあった社会的活動のことを考慮すべきであることを、この本は主張しています。また、実際にICTを活用することで多くの子どもたちが実際に成し得た多くのことも、この本で記載されています。

本メルマガで連載、あるいは紹介した井上賞子先生(13年9月から13回連載…バックナンバーはこちら>>)や逵直美先生、青木高光先生などの実践を通して、たくさんの具体的な、理念の実現方法を示した、この本を読まれることをお勧めします。

学校の中のハイブリッドキッズたち -魔法のプロジェクトを通して見えたICTと子どもの能力・教育の未来
中邑賢龍著、魔法のプロジェクトに参加した先生たち著、協力:佐藤里美
こころのリソースブック出版会、2015年5月発行
A5判、112ページ、1300円(税別)
(詳細はこちら>>

(五藤博義)

 

■ あとがき
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昨日8月6日は三重県立度会特別支援学校で開かれたライフサポートフェスタでレデックス製品の紹介をしてきました。三重県では、三重大学教育学部附属特別支援学校、城山特別支援学校など、多くの学校でこども脳機能バランサー等が使われています。実際にソフトを子どもたちに利用させている先生方とお話しすることができ、とても有意義な時間を過ごすことができました。

8月7日、8日は四日市の北勢きらら学園特別支援学校に場所を移してフェスタが行われます。お近くにお住まいの読者のみなさんも会場に来ていただければうれしいです。

次回メルマガは、8月21日(金)です。

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