中川雅文教授、聴覚認知バランサーを語る

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2015.06.26

中川雅文教授、聴覚認知バランサーを語る

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■ まえがき:原案者がソフトの利用方法と可能性を解説
■ 連載:聴覚認知はどのように発達していくか
■ イベント:日本発達障害学会50周年記念大会
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■ まえがき
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これまで何度か、当社ソフトの原案監修者の方に、その開発の背景を語ってもらう連載をお願いしてきました。聴覚認知バランサーの中川雅文・国際医療福祉大学教授には昨年4月から10回にわたって、「聞く」と「分かる」の関係、と題して解説していただきましたが、今回はもう1歩進んで、当社ソフトを、それを活用いただける対象、あるいは場面ごとにどのように使うのかについて連載してもらうことにしました。

生まれてから学齢期に至る子ども、聴覚障害のあるお子さん、聴きに困りが出てくる高齢者といった実際の当事者に加え、補聴器や医療に携わる人たちの利用についても触れていただく予定です。

さらに、単なる使用方法にとどまらず、聴覚あるいはそれ以外の認知機能等が伸長されるメカニズムまで踏み込んでいただくことで、より多くの方々に関心を持っていただける内容になればと考えております。

(五藤博義)

 

■ 連載:聴覚認知の仕組みと聴覚認知バランサーの活用のしかた
第1回 聴覚認知はどのように発達していくか
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視覚と聴覚と触覚はコミュニケーションに欠かせない大切な感覚情報です。
清潔感あふれる姿でさわやかな声で挨拶し握手するのと、会釈だけとか声かけだけとかでは同じコミュニケーションでも相手の胸に響く度合いは大いに違ってきます。学習や経験を重ねるという記憶のプロセスでは特にこうした3つの感覚が相互に干渉しあうことがとても大切です。3種類の感覚刺激が同時に入力されることで長期記憶が作り出されるからです。今、タブレット端末が教育の現場で注目されているのも「見て・聞いて・触る(操作)」という3つを同時にできるから優れているに違いないとの思いからなのでしょう(タブレット端末の功罪は別のメルマガの機会に解説します)。

視覚・聴覚・触覚という3つの知覚センサーは、それぞれのテリトリーゾーンが異なります。ずっと先まで見渡せる「獲物を探すような」、だけど目を向けたものしか捉えることのできない視覚、目ほど遠くまでではありませんが四六時中全方向性にモニタリング可能な「外界の敵から身を守るために研ぎ澄まされた」聴覚、握手やハグやエスキモーの鼻と鼻を合わせる挨拶など、親密度を確認する「仲間であることを確認し身をまかせるような」ダイレクトコミュニケーションとしての触覚、とそれぞれの個性は異なっています。

今回の連載では、そうした視覚と聴覚と触覚・運動器の発達との兼ね合いを解説しながら、胎児期、新生児期、乳幼児期、学童期それぞれのステージにおいて、聴覚がどのような役割を果たして言語獲得に寄与していくか、つまり、子どもたちの「聴覚認知」がどのように育まれていくかについて、時系列で解説していきます。

〇胎生期のきこえ
おなかの中の赤ちゃんは、妊娠4~5ヶ月くらいの時期になると外界の音の情報を感じ取れるようになっています。しかし、おなかの中の赤ちゃんが聞いている音は、われわれの普段に聞いているような音の世界とは違っています。赤ちゃんを授かったことのあるお母さんなら皆経験済みの、胎児超音波検査で溢れてくるあの「ゴー、ゴー」という音。おなかの中の赤ちゃんは、いつも母親の体から発せられる、血管の中を流れる血液の音や腸の運動音等とてもうるさい環境に置かれているのです。

母親が歩いたり走ったりすればその足音も骨を伝わって感じとることができます。母親の声は確かに外界のどんなヒトの声よりも赤ちゃんの耳に届きやすい声であることに間違いありませんが、そうした声もあまりに小さいとノイズの中に紛れてしまうかもしれません。一方で非常に大きな怒鳴るような声や、工事や事故のような大きな音なら胎児の耳にも届くでしょう。おなかの中の赤ちゃんは、さまざまな音をお母さんの奏でる心臓や呼吸のリズムとともに聞き取っていますから、お母さんがリラックスしている時ならその音はリラックスできる音として、お母さんが悲しんだり怖がっている時にはやはり同じようにその音を感じ取ることになります。

おなかの中の赤ちゃんは、いつもリズミカルなノイズ音とともに母親の声や外界の音を聞いている:つまり、スピーチ・イン・ノイズな、区切り(音節や句読点)のない音をまず耳から学んでいくのです。ですから、胎児期は音素レベルのことばの獲得ではなく、単語レベルあるいは文レベルの「ことばのうねり=音韻エンベロープ」を学ぶことから始めていると思われます。

〇新生児のきこえと聴覚
新生児は、まず抱っこのような触覚的母子コミュニケーションに満たされています。一方でそばにいる母親におっぱいをせがんだり、おむつの交換を懇願するためのコミュニケーション手段として聴覚と音声を使います。一人で歩けるようになるまで、まずはそうした知覚を研ぎ澄ます必要があります。移動という行動に制限のある赤ちゃんにとって、視力も十分でないゆえに、聴覚は唯一の危険センサーです。母親がそばにいると耳で把握できた時は泣き叫び、親の気配を感じとれない時は哺乳類の本能からか息を潜めさえします。

触覚や聴覚は成長にともなってその感度が急速に飽和していくのに対して、視覚はスタートラインの出遅れという意味もあるのですが、新生児期から成長とともにどんどんその能力を高めていきます。年長さんの頃、運動器ができ上がるのと同じ時期に視覚も一通りの完成期を迎えます。神経可塑性という仕組みゆえに、視覚が他の感覚を上書きしていく現象が6歳頃まで顕著に進んでいきます。

※聴覚と視覚の違いと世間の認識
生まれた直後の赤ちゃんの視力は0.01くらい、生後6ヶ月で0.1、1歳でほぼ成人と同じレベルというふうに発達していくのに比べると、聴力の方は全く逆です。生まれた直後は視力でいう2.0(-30~0dB)くらい、20歳で1.0(0~20dB)、そして65歳で0.1(40dB)といった感じでどんどん劣化していきます。劣化した耳は小さな音が聞こえないだけでなく、少しでも大きすぎる音はすぐに音割れしてしまい聞き取れなくなってしまいます。視力は低下するとすぐにメガネなどで矯正するのに聴覚にはみなほとんどケアしません。補聴器は小さな音は大きく、うるさい音は控えめして聞き取りを助けてくれる医療器具ですが普及は一向に進んでいません。世間はそうした理解がないために難聴者に良かれと大きな音でのアナウンスをしていますが、実のところそれは高齢者や難聴者の役には立っていない。そうした理由もあって現代人のわれわれのライフスタイルはますます視覚依存な傾向が増しています。

〇「赤ちゃんはことばの学習の天才 (アルフレッド・トマティス博士)」
生まれたばかりの赤ちゃんの耳は、一説によると800種類以上の音素を聞き分けることができると言われています。3歳くらいまでの間に、自分の母語に必要な重要な40~60個くらいの音素に対する鋭敏度を高めることは、母語の獲得をスムースにさせる意味で合理的と言えます。不要な音素を無視したり、類似している音素は似たような音素と同じものとみなしたりする「脳内カテゴリー」の形成によって赤ちゃんの耳は母語に特化した耳へと進化します。

幼少期を海外で過ごした帰国子女が、習わぬ異国のことばの発音をこともなげに身につけているのは、環境のなせる技に他なりません。多言語国家であるベルギーの人たちが自然に皆マルチリンガルに育っていくのは、生活の中で普通に使われている言語が英語、ドイツ語、フランス語、オランダ語と実に多岐にわたり、それゆえに獲得する音素も言語の数だけ増えてしまっているおかげなのだと思います。

環境や自然がことばのスタイルに影響するのは外国語だけの例には留まりません。例えば、海辺で暮らす人たちの使う方言には場所が離れていても共通の言い回しやイントネーションがあったりしますし、息を吸い込むのもつらい極寒の北国の人たちは、それゆえにもごもごと話す癖があるのですが、いつしかそうした癖が方言そのものの特徴にさえなっています。ことばのイントネーションやアクセントはそうした音素の獲得に依存しているのです。

音素の学習とともにお腹の中で学んだ単語レベルあるいは文レベルのことばは音素という要素で再定義され、それに連れて、お子さんの発音は明瞭なことばへと進化していきます。そうした音素の獲得や周波数的な意味での配列は、後述する「スピーチバナナ」というマップに、聞こえた音素をプロットするだけで視覚的に確認することが可能です。聴覚認知バランサーの聴覚チェックを行うことで、そうした音素レベルでのきこえの困りの特徴を視覚的に捉えることができます。

〇幼児のきこえ
1歳を過ぎると視力はかなりしっかりしてきます。そのおかげで、似たような発音のことばであっても唇の動きを見ることで、自分では発音が難しくても聞き分けはできるようになります。さらに視覚で捉えることのできる範囲が広がったことで、音のするほうを目で確かめそちらに注意を向けることや、「この音は大事な音、こちらは無視してよし」といった、距離をベースにした音の情報の取捨選択もできるようになります。音情報に対するヒエラルキーをその都度状況に応じて組み立てるようになります。

発達障害のあるお子さんの場合、この「音を無視する力」の獲得に遅れがあるために、どんなささいな音でもまず目で確かめてしまうという行動が目立つようになります。臨床では、音過敏という捉え方をしますが、あまりに静かすぎる環境で大事に育てられすぎたとか、その逆に新生児期に安心して過ごすことができなかった等の生育環境もいくらかは影響しているのではないかと私は考えています(育児のあり方に問題があるから発達障害が生じるとの説は現在否定する学者がほとんどのようですが、聴覚認知の発達を考えると、乳幼児期の環境要因を全く無視してしまうのには無理があるのではないかと私は考えています)。

この頃は、音節とか句読点といった、音と音の境目をしっかり認識する能力がより正確さを増してくる時期でもあります。おうむ返しのような、セリフのような話ぶりが突如、親がどきっとするようないくつかの新しいことばを組み合わせて文レベルのことばを発するようにもなってきます。

〇聴覚認知バランサーでチェックしてみよう!
聴覚認知バランサーにはいくつかのゲームが搭載されています。
「一音ジャッジ」は日本語学習に必要な40~60個の音素を明瞭に聴き分けることができているかを知るために活用できるツールです。周りにノイズがない静かな部屋で行うことを想定しています。「おはよう」とか「おさかな」など主に4つの単音からなる単語を読み上げ、語頭の音素あるいは語尾の音素の音が何であったかを問う質問が出題されます。語頭の音素の聞き逃しが多い時は、注意の初動の遅れや短期記憶保持能力が弱いことを示しています。そうした聞き逃しがスピーチバナナ上の特定の周波数に集中している時は、難聴が隠されている可能性が高いですから要注意です。語尾の単音の聞き逃しは音韻認知のための時間窓が狭くなっている、つまり一回で保持できる情報量の低下を意味します。4つの単音レベルでそうした聞き逃しが生じることはまれです。

「インザクラウド」は、ノイズの中に隠れたことばを聞き取る能力の検査です。聞き取るためにはまずその人が、あらかじめそのことばを知っている必要があります。知らないことばだと、部分的な音素と似たようなことばや馴染みのあることば(親密度の高いことば)を想起してしまい正答することができません。親密度の低いことばのエラーは誰にでも起こり得ることですが、親密度の高いことばで同様の現象が認められる時は、語彙獲得が不十分であると判断できます。例えば年齢相応に単語獲得ができていないなどの状態かもしれません。インザクラウドのスコアの方が聴覚チェックのスコアよりも良い場合は、総合的な判断が必要になりますが音過敏などの症状が隠れているかもしれません。

中川雅文・国際医療福祉大学教授
国際医療福祉大学病院耳鼻咽喉科部長

◯参考図書 中川雅文著 耳と脳 臨床聴覚コミュニケーション学試論
医歯薬出版 2015 (詳細はこちら>>

 

■ イベント:日本発達障害学会50周年記念大会
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日本発達障害学会が設立50周年となる節目の大会を実施します。一般公開し、無料で参加できる興味深いプログラムがありますのでご紹介させていただきます。

◯日時 7月4日(土)10:00~18:00 7月5日(日)9:30~17:30
◯場所 東京学芸大学小金井キャンパス JR中央線、武蔵小金井駅からバス
10分またはJR国分寺駅あるいは武蔵小金井駅から徒歩20分。
◯研究大会ページ (webサイトはこちら>>
◯無料で参加できる推奨イベント
1.記念シンポ「発達障害児者支援に関する研究と施策のこれから」
尾崎久記、柘植雅義、宮本信也、赤星恵子他(関連学会を代表して)
7月4日 10:00~12:00 芸術館ホール

2.子育て支援セミナー1「Dr.原の医療講座-知的障害のある子ども」
原 仁(社会福祉法人青い鳥 小児療育相談センター)
7月4日 14:00~16:00 芸術館ホール

3.子育て支援セミナー2「自閉症スペクトラムのある子どもの子育て講座」
平澤紀子(岐阜大学)
7月5日 10:00~12:00 芸術館ホール

4.子育て支援セミナー3「ダウン症のある子どもの子育て支援講座」
菅野 敦(東京学芸大学)
7月5日 13:00~15:00 芸術館ホール

5.ポスター発表 ※正式には一般開放でないですが、閲覧できます。
7月4日 13:30~16:00 S105及びS106
7月5日 10:00~12:00 13:30~16:30 S105及びS106

(五藤博義)

 

■ あとがき
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前述の日本発達障害学会研究大会で、編者もポスター発表を行います。7月5日 10:00~12:00 場所はS106で、P4-19 『「見て分かる」の困りを発見し、トレーニングするソフトウエアの開発』と題して、視覚認知バランサーを紹介します。視覚発達支援センターの簗田明教先生との共同発表です。子育て支援セミナーの前後などにお立ち寄りくださるとうれしいです。

次回のメルマガは、7月10日(金)です。

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