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■ 連載:聴こえを育む 「聞く」と「分かる」の関係 最終回
■ NHK特番「君が僕の息子について教えてくれたこと」
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■ 連載:「聞く」と「分かる」の関係 第10回(最終回)
聴こえを育む
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個体としてのヒトの運動能力や闘争能力は地球上の他の動物のどれと比べても見劣りするほどに貧弱です。走っても戦ってもたいてい他のほ乳類に負けてしまいます。ところがそうしたハンディにもかかわらず地球上でもっともよいポジションにわがもの顔で君臨しています。ヒトはなぜ他の動物を凌駕し、地上の王様の椅子に座り続けていることができるのでしょう?
ヒトには「ことばを操る」「火や電気を使う」「自動車や飛行機を使う」「スマホを持っている」といった他の哺乳類にない、高度に道具を使う能力があります。「発明する力」によって高度な道具は日に日にさらに進化しています。ヒトが他の霊長類や動物と比べ特段に優れていることはいったい何なんでしょうか?私は、「手指の巧緻性」と音声言語を自在に操り「文字として扱う」の2つに集約されるのだと考えています。
記憶力や学習力こそがヒトの優れた能力の源泉だと考える人は、わたしのそうした見解に反論する前にぜひこの動画をみてください。
★動画(YouTube)はこちら>>
YouTubeにアップされている京都大学霊長類研究所のチンパンジー・アイのこの動画。ヒト以外の霊長類にわれわれよりももっと優れた短期記憶の能力があることを教えてくれます。しかし動画をくり返し見るまでもなく、われわれとチンパンジーの間に大きな違いがあることはすぐに分かります。それはわれわれヒトが、彼らには及びつかないような優れて緻密な動作のできる手指を持っていることです。手指の巧緻性ゆえにわれわれはさまざまなものを道具として使うことが可能です。さらに異なる目的に利用したり、改良することも可能です。
しかし、われわれが両方の手指を自由自在に使えるようになるには多くの時間を必要としました。われわれの祖先となる霊長類はアフリカの大地溝帯にいたチンパンジーのような種属であったと考えられています。大地溝帯とはグランドキャニオンをさらに狭く険しくしたような谷底をイメージするといいでしょう。谷の上には草原があり、果実や木の実など食材も豊かです。もちろんライオンやチーターのような天敵もいます。幸い彼らは狩りのために地溝帯の谷底にすむ霊長類を捕食しに来たりはしません。われわれの祖先はそんな少し窮屈だけど安全な場所に群れで暮らしていました。もちろん、時にはリンゴなどの食糧を確保するために急峻な谷を登ってサバンナまで出かけます。もともとジャングルでツルをつかって木と木の間をターザンのように移動していた彼らにとって、急峻な坂の登り降りは大変なことではなかったのでしょう。それでも急峻な坂を登るときに手で木やツルをつかんで滑り落ちないように確保する。そんな状況が長く続くうちに親指だけ内側に向いた指を持つ手の構造になったんだと思います。
今、若者に人気のインドアスポーツにボルダリングというものがあります。
落ちても死なない程度の高さの壁面に、無数のホールドをしつらえ、そこをロープなしでシューズとチョークのみで登るシンプルなクライミングをするスポーツのことです。人差し指から小指までを密着させ、親指を横に添え、全部の指の第一関節を反らせるようにした指をホールドに引っかけ、壁面を登っていきます。このボルダリング、長く続けていると五本の指がサル手のようになってきます。ボルダーはこれをカチ指と呼んでいます。ボルダリング上達のためにはサルのような手をみな目指しているのです。しかしそれは私から見ればヒトが「サルがえり」しているのではないかとさえ思えてきます。毛の生えていないパンツをはいたサルであるわれわれは長い時間をかけてサル手(カチ指)へと体を仕向けることは進化を逆行するように思うからです。
考えてみれば、われわれの日常であってもピアノの練習を数日サボっただけで手指は思うように動かなくなります。霊長類としてのヒトの進化の鍵は、疑いもなく手指の巧緻性にあります。そしてその巧緻性は偶然のたまものとして手に入れたものです。さらに必然に伴う学習訓練の積み重ねがわれわれの能力を大胆に進化させたにすぎません。そうした運動器の形態の変化によって脳のネットワークや機能もトロフィックな変化※1を遂げたのだと思います。われわれの向かう先は常に健全な進化なのか「サル」がえりになってしまうか、日々の生活の中での選択と学習と訓練によって決定されているといえるでしょう。
※1著者注:トップダウンに見える発達は、末梢からのフィードバックがないと完成しない、つまり、中枢は実は末梢に支配されているという仮説。転じて、学習や経験は、先天的な素因に勝る。
われわれの祖先は何とか両手両足をつかって急峻な坂を登って、サバンナにたどり着いたら着いたで、サバンナの草原に身を隠しながら、"エデンの園"(果実の溢れる樹木であふれる場所)へ近づきます。サバンナで身を守るためには、二足で背伸びして、草原の中から覗くように周囲を見渡す必要があります。ライオンやチーターといった天敵がいないかしっかり確認し、身の安全を確保しなければその先には進めません。目的の樹木の場所にたどり着いても、その実が落ちるのを待つだけではどうにもなりませんし、うかつに木登りをすれば天敵に見つかってしまうかもしれません。たわわに実った果実にそって手を伸ばし、もぎとることだけが安全策です。”肋骨が痛く”ても目いっぱい背伸びして、手を伸ばして果実をもぎ取らねばなりません。そんな姿勢と手指をもつものだけが生き延びたのでしょう。自然選択を経てわれわれの祖先はヒトへと進化したのでしょう。なんだか"創世記"の一節を聞かされているように思えてきます。
「つかむ・握る・つまむ」ことのできる「手」を手に入れたおかげで、われわれの「手」はさらに拡張されます。最初に手がつかんだ道具は、考古学が教えてくれるように石でできたナイフ(石器)のようなものだったのでしょう。そのうち森林火災などで燃えさかる火のなから木枝を選び取ることができるようになり、火も扱えるようになりました(火を恐れずに取り扱えるようになったことが人類のもっとも大きな飛躍だと言う人もいます。損得勘定というか、取引することが出来るのが人のすごいところであり、逆に愚の骨頂でもあります)。当たり前のことですが、目の前にある石器や火のついた小枝はペアで用意されているわけではありません。道具を使うという「こと」
は結果としてどちらかの手を先に動かすことを必然とします。そこで「利き腕」が生み出されます。二足歩行→(大地溝帯)→手指の巧緻性→(ものをつかむ・あやつる)→利き腕の形成。数十万年を経てわれわれは現在の姿になったのです。
さて、この手を動かすということ、実は足を動かすことと本質的に全く別のものです。われわれが歩行運動するとき「右足が先か?それとも左足か?」と考えながら一歩を踏み出すことは、ほとんどと言っていいほどにありません。歩行運動は自然の成り行きでコントロールされています。これは脊髄伸張反射とよばれる脳の指令から独立した反射によって制御されています。ただし、トップレベルのアスリートやプロ・スポーツが見せてくれる超人的な運動能力は少しばかり異なります。彼らは訓練によって得た、運動に特化した一連の動きをスキーマとして小脳に組み込んでいるのです。ロジック(大脳)や感情(大脳辺縁系)に左右されない、反射のようなパフォーマンスを実現するためのソフトを、ハードディスク的な大脳ではなくフラッシュメモリーのような小脳にインストールしているのです。考えてもみてください。「右足の次は左だな」なんて考えながら自転車のペダルを踏んでいたら、自転車に乗りながらスマホのメールをチェックしたりなんて芸当は到底できません。運動器の制御が、大脳以外の場所でしっかりコントロールされているからできるんです。
われわれは文字を書くという手指の動きをするようになり、ますます大脳からの指令がメインな手指使いの生き物になってしまいました。四足歩行の時のように脊髄伸張反射で上肢を動かすことがなくなったからです。頭でっかちな子ども達が行進のときに手足の動きをちぐはぐにしてしまうのは確かに運動能力の低さを示すものですが、一方で大脳機能による上肢の支配がしっかりと構築されていることを示している現象でもあるのです。
脳神経系は使えば使うほどそのネットワークが強化され、ニューロンの組織化が進みます。強化された神経回路は太くそして速く情報を伝えることができるようになります。例えばギタリストの大脳は、右補足運動皮質や右体性感覚皮質といった左手の手指の運動や、皮膚感覚をつかさどる部位がわれわれと比べると著しく発達しています。では、ヒトの脳が他の霊長類と決定的に異なるほどに発達している部位はどこでしょうか?ギタリストの事例で挙げたように、右利き腕なら、左の運動野が発達しているのでしょうか?確かに左脳は言語優位半球という機能的変化を遂げ、他の霊長類に比しても発達していますが、それよりも顕著なのは前頭前皮質なのです。おでこの生え際と眉の間くらいに位置する大脳皮質の部位がそれです。場所は大脳皮質の位置ですが、その役割はどちらかというと大脳辺縁系に近いものがあります。大脳辺縁系が喜怒哀楽や好き嫌いといった情動をコントロールしているとすれば、この際立って発達している前頭前皮質は、射幸心やギャンブルあるいは物珍しさといったものに敏感に反応する脳です。この部位が事故や怪我で損傷されてしまうと意欲や、やる気がなくなることも分かっています。昔は攻撃性の高い精神病患者に対して開頭手術でもってこの部位を破壊すること
が行われた時期もありました(映画「カッコーの巣の上で」)※2。
※2 Wikiサイトはこちら>>
種として強くもなく逃げ足も速くないわれわれの祖先は、嗅覚もあまり優れていませんでしたから、身を守るために、些細な音の違いにも気のつけるような鋭敏な聴覚を磨き上げました。周囲から聞こえてくるさまざまな音に意味や価値を与え、無視すべきは無視し気にすべきは気にするという「注意」をする過程の中で、前頭前皮質が発達していったのだと思います。アインシュタインが一般のヒトと比べるととても大きな前頭前皮質をもっていたことはよく知られた事実です。彼には確かに大きな前頭前皮質が備わっていました。そうした脳を持っていたから相対性理論を見いだすことができたのでしょう。大きな前頭前皮質とそれを活性化させることは明晰であるための条件なのでしょう。しかし、前頭前皮質をぐんぐんと育てるのに何をすればいいかははっきりとは分かっていません。分かっていることは、素敵な気分の中で手足をしっかり動かしたり、手指の巧緻性を高めるような動きをしたり、素敵な会話や音楽にあふれた場所で、触覚・味覚・嗅覚までをも、しっかり刺激する環境にいなければ賢い脳は育たないということだけなのです。
聴くということは、単に耳で「聞く」のではなく、たくさんの視覚情報※3や豊かな感情(心)がなければなしえない。五感と心がつむぎだすハーモニーこそが「聴く」時にわれわれは「分かる」という経験を重ねるのです。そして耳と目と心をつなぐ重要な役回りを演じているのが前頭前皮質なのです。発達障害やASD、そして聴覚情報処理障害(APD)の人たちの多くはこの前頭前皮質の働きにある種のエラーが生じていることが近年の研究で分かってきました。
※3著者注:聴くの「聴」の漢字は「耳と十個の目と心」で成り立っています。聞くためには「十の目配り」と「心」が必要なことをこの漢字が教えてくれています。
ここまでこの雑文におつきあい頂いた方ならきっともうお気づきでしょう。
それは、前頭前皮質の働きは、訓練や学習や体験を重ねることでこれからもますますアップデートできるにちがいないということ。脳の可塑性は、脳が欲していることをしかとあたえることで生み出される。脳はいつもスタンバイであると言うこと。脳の発達そのものは自然なふるまいであるからです。
ASDやAPDな人たちはきっとちょっとだけ入力のエラーがあっただけ。それを補正する仕組みがあればそんな障がいはあっという間に修正できてしまうに違いない。21世紀のIT革新はそうした課題を解決する道具なんだと。新しいさまざまなデバイスが、これまで実現不可能だった教育スタイルをいっきに変えているそうした時代が今です。
私はそう強く信じています。
(中川雅文・国際医療福祉大学教授、同大学病院耳鼻咽喉科部長)
■ NHK特番「君が僕の息子について教えてくれたこと」
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8月16日にNHKで放映され、編者が多くの人にこの内容を知ってほしいと思い紹介させていただきます。9月13日(土)午後3時から再放送されますので、この原稿を読んでもし興味をもたれましたら、テレビをご覧ください。
★NHK「君が僕の息子について教えてくれたこと」の番組サイト(NHK)はこちら>>
1.あらすじ
言葉がうまく話せない自閉症の東田直樹さんが、中学生の頃に書いた本『自閉症の僕が跳びはねる理由』が世界20か国以上で出版され、ベストセラーになっています。そのきっかけは、自身も自閉症の子どもをもつ作家、デイヴィッド・ミッチェルさんが翻訳し、自閉症の理解に極めて重要な本であると世界に向けて発信したからです。
番組では、東田さんの生活の紹介を通して、自閉症の特性が解説されます。
また、ミッチェルさんのこの本への思い、さらに、この本を読んで初めて、自分の子どもの行動への理解ができたと語るノルウェーとニューヨークの2つの家族の様子が描かれます。
また、著者に会いたいと日本を訪れたミッチェルさんと東田さんの会談と、招かれてニューヨークで講演した東田さんと母親の美紀さんへの聴衆の反応と、前述のニューヨークの家族との出会いが描かれます。
2.ポイント・1 自閉症者の行動や性向の理解
複数の自閉症の方と実際に会ったことのない人には、自閉症がどういった症状を指すのか分からないと思います。この番組では、東田さんを含め、何人かの自閉症の方の様子を映像化していますから、自閉症に対しての理解が深まるはずです。
特に、まさにこの本の目指している「自閉症者自身が、その行動の意味を説明」してくれることで、常同行動などの特徴的な行動や、他人の視線を避けたいと考える性向などを、より深く理解できると思います。
3.ポイント・2 自閉症者の優れた能力をもつ可能性
自閉症研究の第一人者、杉山登志郎・浜松医科大学特任教授が、東田さんの脳のMRI(磁気による画像診断)画像を解説しています。一般的な人の脳と比べて違う点は、発語をするブローカ野※1と、聞いた言葉を理解するウェルニッケ野※2をつなぐ「弓状束」※3という神経線維が小さい点です。これが原因で、東田さんが会話ができないことが説明できます。
※1 Wikiブローカ野についてはこちら>>
※2 Wikiウェルニッケ野についてはこちら>>
※3 Wiki弓状束についてはこちら>>
もう一つ特徴的な点は、右脳の一部にある「他人の意図を読み取る」部位が一般的な人よりも大きく発達していたことです。杉山教授によれば、自閉症の人は、ある特定の脳の機能がうまく働かないことを補おうとして、他の脳の部分を発達させる可能性を示しているとのことです。自閉症を含む、発達障害のある人は、他の人よりも優れた能力を持っている可能性があり、そこを活かせるような社会を作ることが必要だ、と杉山教授は説明されたことに強く編者は共感しました。
3.ポイント・3 人に合わせた方法による能力の開花
東田さんは、パソコンの「ローマ字かな変換機能」を使って、まず、文章が書けるようになり次に、紙に描かれたパソコンのキーボード文字表(QWERTY配列表)を使いながら、会話ができるようになりました。
編者が想像するに、弓状束が弱いことを補うため、音声で伝えたいことをいったん書き文字として表現し(東田さんの場合はキーボードを指でたたく)その「書かれた文字を読む」ことで、発語を可能にしたのではないかと考えます。
この例に示すように、ある特定の脳の働き(認知機能)が弱い場合には、それを「代替する方法」を見つけ出すことで、社会生活に必要な機能を獲得できると思います。もちろん、言うは易く、行うは難しで、東田さん自身(と母親の美紀さん)も、音声を使っての会話ができるようになるまでには、大変な努力を積み重ねられた結果、このような能力を獲得されたのだと思いますが、、、
以上のポイントは、編者の認知機能への興味という視点で取り出したもので実際にテレビを見られると、自閉症者とその家族のご苦労と、この本が与えたインパクトの方に感動されると思います。ぜひ、再放送をご覧ください。
なお、東田さんの『自閉症の僕が跳びはねる理由』は、この番組の影響か、アマゾン等でも中古品を含めて、ソールドアウトの状況のようです。再版に期待しましょう。
大変簡単な内容ですが、本メルマガでも2013年9月6日号で、この本の紹介をしていますので、ご覧ください。
★メルマガ・バックナンバーはこちら>>
(五藤博義)
■ あとがき
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連載「聞く」と「分かる」の関係が最終回となりました。4月18日号の第1回から4か月に渡って執筆いただいた中川先生に心より感謝申し上げます。
中川先生と当社のコラボで開発している「聴覚認知バランサー」は、8月13日にプレスリリースを行い、下記の例のようにたくさんのメディアで取り上げていただきました。
★記事はこちら>>
この中川先生がテレビに登場するという「耳」よりニュースが入りました。
フジテレビ系列で全国放映されている「ホンマでっか!?TV」で9月3日(水)午後9時からの放映予定です。明石家さんまさんと共演する中川先生を見たい方、声を聴いてみたい方、必見です!
(※番組の放送は9/3に終わっております。)
次回はいよいよ通算100号のメルマガとなります。9月12日の予定です。
ご期待ください。
NHK 特番「君が僕の息子について教えてくれたこと」
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