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■ 連載:自閉症のトムくんの成長物語・11
■ 特集:秋のイベント大集合
■ 報告:市民公開シンポ「脳と心の医療と研究最前線」
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■ 連載:自閉症のトムくんの成長物語・11
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『ジャンケンと対話力(2011年4月の記録)』
文字を読んだり書いたりすることができるようになっているトムくんですが、『ジャンケン』には高い壁が存在するようでした。
チョキの形はまだ怪しいとはいえ、グーチョキパーは作れるようになったので、「ジャンケン ポン」とトムくんとジャンケンをしてみました。相手の手を見たトムくんは、相手がパーなら自分もパーに、相手がグーなら自分もグーに、相手がパーなら自分もパーにすかさず、自分の手の形を変えてしまいます。療育の場で学んでいる物と物をマッチングさせる課題と同じルールだと思っているようです。
「ジャンケンができなくても、さほど困ることはないし……」という見方もあることでしょう。でも私はジャンケンが理解できないというトムくんの状況が、対話の学習がスムーズに進んでいない原因ともつながっているようにも思えて、トムくんにジャンケンを教える方法を模索していました。
虹色教室で一般的な幼児がジャンケンを学んでいく様子を観察していると、興味深い過程をたどることが分かります。年上の子の真似でジャンケンをし始めた1、2歳児と勝負すると、「ジャンケン ポン」のかけ声に合わせて毎回グーを出すといった「なんちゃってジャンケン」が炸裂します。口が達者な子に「どっちが勝ち?」とたずねると、自分の手が何であっても「○ちゃんのカチ!」とルールを無視して自分の勝ちを主張します。
そういう「いい加減さ」が一般的な子の成長には多々あります。そうしたあいまいでいい加減な状態を受け入れられる能力が、一般的な子の強みでもあるな、と感じています。
ジャンケンのような複雑なルールや、対話のようにその都度、パターンが変化していくようなややこしい構造をマスターしていくのに、この「いい加減さ」が一役買っているように見えるのです。
ジャンケンを全く理解しようとしない自閉傾向のある子たちと、ジャンケンをマスターしていく過程にいる一般的な子を比べると、どちらが物がわかっているかというと、難しいときがあります。
自閉傾向のある子たちは、正しさにこだわるあまり、正しさがその都度変化する場面で手も足も出なくなってしまいがちなのに対して、一般的な子は、「正しい」かどうかなど、自分の範疇にない状態でもいろいろ試してみることができるのです。
時には「自分が正しいと言うから正しい」「自分が正しいと思うから正しい」などとでたらめな論理を展開しながら、基本的な大きな枠組みをマスターしてしまいます。
どの手を出しても「○ちゃん(自分)のカチ!」と主張していた子が、チョキはパーより強い、パーはグーより強い、グーはチョキより強いということ
を理解しはじめると、次には「お母さんは、グー出して!○ちゃん、パー出すから!」と前もって相手が出す手を指示したり、ジャンケンをした後で、相手がパーを出していたら、それを見て自分の手をグーからチョキに変えてみたりします。
そうしたずるい手は、建築現場の足場のような役割を果たして、一通りの複雑なルールをマスターし終えると跡形もなく消えてしまいます。
適当なグーを出して自分が勝ちだと言い張ることと、トムくんが相手のパーの手を見て自分もパーの手にしてマッチングさせることは、どっちが上とも下とも言いがたいし、どちらもジャンケンをマスターするまでの一過程のように見えます。
しかし、 一般的な子が通る「なんちゃってジャンケン」は 自然に次の段階に進化していくのに対して、トムくんの陥っている間違いは、そこで完結してしまう可能性があるのです。
トムくんは意味の認知より形の認知を優先しており、ジャンケンというルールの理解より、「同じ手の形にマッチングさせる」という部分にだけ注目が固定されているように見えるのです。
トムくんに対話を教える際にも同じような壁にぶつかります。yoshikoさんと私で、簡単な対話のやりとりの見本をやってみせてから、真似るように促すと、トムくんはフリーズしたまま固まってしまうのです。
一般的な幼児が言葉を覚えていく時には、正しい受け答えがわからなくてもお花を見て、「きれいねぇ~」と声をかけられたら、「ねぇ~」と言いながら首をかしげるなど、何となく同調してやりすごすことがよくあります。
トムくんは そうした「いい加減な」返事をすることはありません。一般的な子たちのように、適当に何か言ってみて、それに対する相手から返
ってくる反応を頼りに徐々にちゃんとした会話になっていくという過程がないのです。
「今、自分に求められている正しいひとつの答え」が見えにくい場合、おろおろして、何もできないし、何も学べないという状況に陥ります。
そこで、近くにいる人が、「トムくんの番よ」というようにトントンと軽く腕や背中を叩いて、「うん、面白いねぇ」とトムくんの言うべき返事の見本を示して見せます。ところがトムくんには、それを真似ればいいということがピンとこない様子なのです。
「ジャンケン ポン」を合図に、それぞれが自分の出したい手をだすというルールの意味が呑み込めないのと同様に、会話もまたトムくんにとって、どのようなルールのもとで成り立っているのか、理解しがたいもののようなのです。
そこで私は、ジャンケンや会話がトムくんにとって目で確かめられて、操作の手順がわかりやすいものとなるような工夫をしてみることにしました。
トムくんは手遊び歌が好きで、手元の動きを良く見ています。そこで、既存のジャンケンの手遊び歌をトムくんの理解を助ける形にアレンジしてみました。
「グーチョキパーで グーチョキパーで 何作ろう? 何作ろう?トムくんはチョキで、先生はパーで、チョキチョキチョキ~チョキチョキチョキ~♪」
「グーチョキパーで」の部分で、グーとチョキとパーを2回ずつ作るので、指の形を作るときの不安が減ります。「何作ろう? 」で腕を組んで、左右に揺れて、「トムくんはチョキで」でチョキを出させてから、「先生はパーで」で私がパーを出し、「チョキチョキチョキ~」のとき、トムくんのチョキの手で私のパーの手を切る真似をさせて、チョキはパーに勝つことを印象付けました。
これは大成功。トムくんはとても喜んでこの手遊びに参加し、チョキを出した後、私がパーを出しても、私のパーに合わせて自分もパーに変えることはなく、チョキがパーに勝っているという説明を受け入れていました。
トムくんは教えてからずいぶん経っても、このメロディーをハミングしながら、私の手を引っ張ってみせ、ジャンケンの歌で遊ぶとゲラゲラ声をあげて喜んでいたからです。
もうひとつ簡単なゲームを考えました。トムくんが赤と青、私が黄色と緑の木製のボール(トムくんがとても気にいっている重みのあるもの)を持って、「私は黄色」と言いながら黄色いボールを前に出し、「トムくんは……」と言って赤か青のボールのどちらかを出させる遊びです。
ゲームとまではいかないルールですが、「お互いに手を出し合うけれどマッチングさせることが目的ではない」ケースがあることを教えたかったのです。
トムくんと遊ぶ前に、妹のジェリーちゃんの友だちと、色がついた木のニワトリさんでこの遊びをさんざんしていたので、トムくんはたちまちコツを呑み込んで、異なる色のボールを出し合ってうれしそうでした。
(未来奈緒美)
未来さんのブログ:虹色教室通信はこちら>>
■ 特集:秋のイベント大集合
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この10月は、注目すべきイベントが目白押しです。それらをまとめてご紹介します。
○港区特別支援教育講演会「発達障がいのある子のいいところ応援計画
~学校・家庭でできる具体的な支援
(※終了しています)
ご存じ、「ズバッと解決」の達人、阿部利彦先生の講演です。埼玉県所沢市で生徒と学校への支援を長年行った経験をもとに、事例を取り上げながら具体的な支援の方法を解説してくださいます。
主催:東京都港区
日時:10月4日(木) 午後2時30分~4時30分
場所:高輪区民センター(地下鉄白金高輪駅徒歩1分)
講師:阿部利彦・星槎大学准教授
会費:無料
○ちょっと気になる子たちを支えるオヤジの集い 講演とフリートーク
発達の気になる点をもつ子の環境を整えるには、父親の存在は大切です。ですが、母親に任せきりというケースも多く、それを改善すべくNPOを立ち上げた熱いオヤジたちから講演依頼を受けました。子どもの発達における父親の役割を含め、発達と学びについて解説させていただきます。
主催:NPOおやじりんく
日時:2012年10月13日(土) 講演:午後1時~3時
フリートーク:3時15分~5時
場所:東京大学・福武ラーニングスタジオ(地下鉄本郷三丁目から徒歩5分)
講師:五藤博義・レデックス認知研究所
会費:1,000円
詳細はこちら>>
○東京都知的障害者育成会 50周年記念大研修会 講演とシンポジウム
「子どもたち・本人のために、今、私たちができること」
小さいと思っていても子どもたちはすぐに大きくなります。いつまでもめんどうをみてやりたいと思っても取り巻く環境は変化していきます。話題の「成年後見制度」を中心に、権利擁護について学びます。
主催:東京都知的障害者育成会
日時:2012年10月17日(水) 午前10時~午後3時30分
場所:国立オリンピック記念青少年総合センター・カルチャー棟
(小田急線参宮橋から徒歩8分)
講師:佐藤彰一(国学院大学法科大学院教授)
シンポジスト:田中正博(全日本手をつなぐ育成会常務理事)、竹谷志保子(うめだ・あけぼの学園地域支援専門員)、他
会費:無料
詳細はこちら>>
○高次脳機能障害者のための講演会およびシンポジウム
自立と安心の支援をめざして in 東京
先天的なものと異なり、交通事故などでそれまで持っていた認知機能が一度に低下する高次脳機能障害は、本人にも家族にも多大な負担を強いることになります。そこでは同じ境遇になった家族が助け合うことがとても大切になります。今回の講演は、高次脳機能障害専門家が、脳梗塞で当事者となった自らの経験を話すという興味深い内容です。
主催:NPO東京高次脳機能障害協議会 後援:東京都、他多数
日時:2012年10月20日(土) 午後1時~7時
場所:外山サンライズ(新宿区戸山1-22-1全国障害者総合福祉センター)
講師:関啓子(神戸大学医学部客員教授)、他
シンポジスト:渡邉修(東京慈恵会医科大学第三病院診療部長)、長谷川幹(三軒茶屋リハビリテーションクリニック院長)、他
会費:1人または1組につき500円
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○カニングハム久子講演会「様々な学習障害の理解と対応」
米国で心理士として他の専門職とチームを組み、発達障害の子どもたちを長年支援している専門家から、毎年1回、テーマを設定してお話を聞ける貴重な機会です。
主催:日野・発達障害を考える会「スキッパー」
日時:2012年10月29日(月) 午前10時~12時30分
場所:多摩平の森ふれあい館(JR中央線豊田駅徒歩7分)
会費:1000円(スキッパー会員500円)
詳細はこちら>>
■ 報告:市民公開シンポ「脳と心の医療と研究最前線」
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日本に6つあるナショナルセンターの一つ、国立精神・神経医療研究センターが一般に向けた公開シンポジウムとして研究成果を紹介してくれます。
今回は、9月15日に東京・六本木で、発達障害、認知行動療法、パーキンソン病、筋ジストロフィーなど多岐にわたるテーマで発表が行われました。その中から「生活満足度を高め『リカバリー』を目指す新たな統合失調症治療」をレポートします。
※シンポジウムの概要はこちら>>
講演者は同センター・トランスレーショナル・メディカルセンター臨床研究支援部長の中込和幸先生です。
統合失調症は青年期に発病することが多い病気です。幻覚や妄想といった目立つ症状の他に、物忘れがひどくなる、注意集中が難しくなるなど、認知機能障害の症状もみられます。幻覚や妄想は投薬治療で収まりますが、認知機能は病前の状態を取り戻すことが難しいです。病気により、脳に器質的な障害が発生するからです。ある意味、高次脳機能障害と似ているといえるかもしれません。そして、統合失調症の回復後に、日常生活や社会生活を円滑に進められるようにするには、認知機能の改善こそが重要なカギになります。
米国では、2002年より統合失調症の認知機能増強薬の開発に国を挙げて取り組んでいるが、残念ながら承認されるまでに至った薬物はこれまでのところありません。一方、リハビリテーション分野で、認知機能の改善効果がみられる治療法が出現しました。これが「認知矯正療法」です。
認知矯正療法とは、特定の認知領域に焦点を当てたコンピュータゲームなどを用いて認知機能のトレーニングを行うと同時に、認知機能のトレーニングが日常生活とどのように関連付けられるか、を話し合うグループミーティングを併用し、トレーニングへの動機づけを高めていきます。
海外のデータによれば、認知機能の改善ばかりでなく、日常生活機能を含む社会機能にも有効性が示されている、とのことです。
日本でも2006年に鳥取大学に導入されて以来、実施する施設数が徐々に増加しており、臨床試験もいくつか立ち上げられているとのことです。一日も早く有効性が検証され、保険点数化されて、多くの患者がその恩恵を受けることが望まれます。
(中込先生の講演と配布資料に基づき、五藤がまとめ)
■ あとがき
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こども脳機能バランサー for iPad が9月15日に発売開始になりました。海外からの購入もあるなど、おかげさまで好調な滑り出しです。
10月末まで、発売記念特価2,800円(税込)でご購入いただけます。マウスと違い、直観的に操作ができますので、特に年少のお子さんに好評のようです。
次回メルマガの発行日は、10月12日(金)の予定です。
自閉症のトムくんの成長物語ジャンケンと対話力
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