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■ 連載:顧客は満足でなく感動させよ(最終回)
■□ 連載:ミシガン大学リハビリテーション見聞録2
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第6回 顧客は満足でなく感動させよ(最終回)
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NHK退職、長男の診断、MBA留学、Specialisterne(スペシャリスタナ)の発見、ビジネスプラン・コンペティションの優勝、帰国後の起業、当初計画の破棄、スタッフの離反、資金の枯渇など、書けるだけでも信じられないアップダウンを繰り返した創業前後の数年。最終回はKaienが首の皮一枚つながった「最初の10人全員合格」を可能にした周囲からのアドバイスをお伝えします。
スタッフの離反や新しいスタッフの人選を進める中でも、お金はどんどんと減っていきます。職業訓練だけでは収入源とは言えなかったからです。一体どうすればよいのか?やはりその道を通ってきた先輩経営者に聞くしかありません。訓練所から閉めだされていた間、私はベンチャーの経営者を次々訪ねました。そして教えを乞いました。その時言われた数々の言葉は一生忘れません。
「顧客を満足させるのではなく、感動させることが重要なこと」
どんなことをしても売上を立てないといけない。経験豊富な先輩方の話を聞く中で、ナイーブ経営者の垢が徐々にとれていきました。カッコいいことを考えたり言ったりするよりも、売上を立てることが重要なんだ、特に新しいサービスの場合はお客様を感動させるレベルにしないとそもそも見向きもされない、という当たり前のことを学びました。
「取り組み始めた訓練を感動するレベルまで高めよう。」まずは訓練の質を高めることを決めました。それにはソフトウェアテストの技術一辺倒だった訓練内容にコミュニケーションを取り入れました。具体的には「報告・連絡・相談・質問」を定量的に分析できるプログラムです。
発達障害の人は職場の人間関係で失敗しているケースが大半ですが、それは挨拶ができないとか、配慮できないコメントを言ってしまうという、一般に思われる発達障害の弱みが原因であることは少なく、実際のところは業務で必要な情報の受信と、疑問・質問の上司や同僚への発信が弱いことが分かって来ました。そこでただ単に技能を教える訓練ではなく、コミュニケーションが学べる訓練にしたわけです。
職場でのコミュニケーションは座学では学べません。そこで、訓練時間のほとんどを擬似職場・インターンシップの場に極力近くし、毎日違う部署をローテーションしているような内容にしました。
加えて会計・人事・生産管理・営業支援など事務補助の仕事は発達障害の人の特性を生かせることが多い事に気づきました。そこでERP※という業務システムを扱うプログラムを取り入れました。ERPを使うと人事や経理などの業務フローが学べ、場合によってはERPそのものが品質管理となり、ソフトウェアテストの実務も行えるようにしました。「発達障害」「仕事」「長所を活かす」、そして「弱みを理解する」プログラムを作り始めました。
※ERP(Enterprise Resource Planning)とは、経営の基本となる資源(ヒト・モノ・カネ・情報)を適切に分配し、有効的に活用する計画や考え方です。
技能ではなくコミュニケーションを学べる、座学ではなく擬似職場、講師は教える役ではなく上司役という設定はKaienの訓練の基礎になっています。福祉関係の人も企業の人もこの方法は大変参考になるといってくれるまでになりました。すべては「感動する職業訓練をつくろう」という気持ちから行ったものです。このこともあり、「発達障害者は一番難しい障害者」といっていた行政も秋以降は一気に4倍の受け入れ人数を委託してくれることになりました。
次に営業です。それまで営業は苦手でした。頭を下げて、無理にお願いする苦しいもの、という意識がありました。でも、営業と思わず、代弁をすることと思いました。せっかくこんなによい人なのに本人達は上手にアピールできない、その代弁を私がやっているのだと思うと気持ちがだいぶ楽になりました。営業先を説得する前に、自分が売り物であるKaienの修了生に感動し、その感動を伝えればよいのだと思いました。
たしかに発達障害の人は実際に働けば力を発揮する人が多くいます。しかし面接など自己アピールの場、臨機応変さが必要な場が苦手です。彼らよりは私のほうが弁が立つはず。新しい人たちに対しても臆することなく会えるはず。自分が売り込まないと誰が売り込むのかという気持ちだけでテレアポ、企業訪問を続けました。アンテナの高い人事の人でも発達障害者の雇用はしたことがないという場合がほとんどでした。そのため、発達障害者の強みを理解してもらうこと、実際にどういう職場で働けるかということ、どういう環境なら強みを発揮しやすいかということ、問題が発生した時の対処法、いろいろと疑問への回答を用意し、説明しまくりました。
言葉だけでは足りません。発達障害者がいくら身近にいるといっても、やはり会わないとイメージできない人が数多くいます。その人達のために、模擬面接をビデオで撮影して企業の担当者にお見せしたり、実際に訓練所に来てもらうことを約束したり、面接で十分なことが分からない場合は1週間程度「職場実習」をしてもらって働きを見てもらうなどをしました。
熱意が通じたのか、徐々にKaienの修了生・登録者を受け入れてもよいという企業が出てきました。2010年4月から訓練をした1期生の3人、2010年10月に新スタッフのもとで訓練した2期生の4人はいずれも就職しました。半分程度はソフトウェアの検証エンジニアとして、半分程度は事務職の補助やその他内勤のスタッフとしての採用でした。3期生も含めて「最初の10人全員合格」。就職率100%は意地の勝利でした。一人ひとりの修了生が面接で、職場実習で最大限のアピールをしてくれました。「発達障害」への偏見や無関心を徐々に仕事場でのパフォーマンスで変えていってくれました。
「最初の数例を感動のレベルまで持って行こう。」この思いはKaienを信じてついてきてくれた1期生、2期生、3期生によって現実のものとなりました。また人材紹介ができたことで会社としても売上が徐々にではありますが立ち始めていました。職業訓練⇒人材紹介という発達障害のある人たちへの就職支援の方法がようやく機能し始めました。
おかげさまで2024年現在、事業所は首都圏と関西に約40、社員も約400人となったKaien。放課後等デイサービス、自立訓練(生活訓練)、就労移行支援、就労定着支援、相談支援事業といった障害福祉に加え、様々な企業に発達障害やニューロダイバーシティに基づいたコンサル・人材紹介を行う会社となりました。Kaienを修了し企業社会で活躍する就職者は2000人を優に超えます。
起業から15年。振り返ると当たり前のことを当たり前にし続けることが重要だということを感じます。そして奇をてらわずKaienらしさは何なのかという軸を大切に、日々の行動に落とし込み続けてきたことが、いままで生き残ってこられた要因だと思います。
今も波風が常に立つ経営現場・支援現場。発達障害やニューロダイバーシティ、障害福祉や特別支援教育、障害者雇用などなど。当社を巡る状況・環境は常に変化しています。創業時代の学びを大事にKaienの事業を拡大・発展させるとともに、志や価値観を共にする人たちを増やしていきたいと思っています。
私のシリーズはこれで最終回です。最初にも書きましたがもし直接お会いする機会などありましたらぜひご感想をお教えください。6回にわたりお読みいただきありがとうございました。
◆鈴木慶太
株式会社Kaien代表取締役
長男の診断を機に発達障害に特化した就労支援企業Kaienを2009年に起業。これまで1,000人以上の発達障害の方の就労支援に現場で携わる。日本精神神経学会・日本LD学会等へ学会登壇や『月刊精神科』、『臨床心理学』、『労働の科学』等の専門誌への寄稿多数。著書に『フツウと違う少数派のキミへ: ニューロダイバーシティのすすめ』(合同出版)、『発達障害の子のためのハローワーク』(合同出版)、『知ってラクになる! 発達障害の悩みにこたえる本』(大和書房)など。元NHKアナウンサー。東京大学経済学部 2000年卒・ノースウェスタン大学ケロッグ経営大学院 2009年修了(MBA) 。星槎大学共生科学部通信制課程特任教授。───────────────────────────────────…‥・
■ 連載:小児リハビリテーションを学びたい!若手リハ医の奮闘記
第3回 ミシガン大学リハビリテーション見聞録2
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前回に引き続き、2021年4月から2023年3月まで約2年にわたりミシガン大学リハビリテーション科で経験した留学生活についてお話ししていきたいと思います。今回は、アメリカのリハビリテーション制度と教育システムの特徴、そして私が体験した文化の違いについて深掘りしていきます。
■ 連載:小児リハビリテーションを学びたい!若手リハ医の奮闘記
第3回 ミシガン大学リハビリテーション見聞録2
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前回に引き続き、2021年4月から2023年3月まで約2年にわたりミシガン大学リハビリテーション科で経験した留学生活についてお話ししていきたいと思います。今回は、アメリカのリハビリテーション制度と教育システムの特徴、そして私が体験した文化の違いについて深掘りしていきます。
〇アメリカのリハビリテーション制度の特徴
日本には、回復期リハビリテーション病棟(病院)と呼ばれるリハビリテーションを入院生活の中心に据えた病院があります。アメリカにも同様の位置付けの病棟があり、留学生活中の数ヶ月は大人と小児のリハビリテーション病棟で研修をしていました。小児専門の回復期リハビリテーション病棟は、日本では非常に珍しいと思います。
日本と同様に入院してリハビリテーションを行いますが、入院期間は大きく違いました。例えば、脳卒中では日本の回復期病棟では最大180日までの入院が認められていますが、アメリカでは重症でも18-26日、さらには84.5歳以上では20-22日とさらに厳しく制限されています。年齢が高いとより制限が厳しいというアメリカのシビアな一面を見た気がしましたが、アメリカは公的保険が充実しておらず個人で何らかの保険に加入していることが一般的です。そのため、保険会社によってはこの期間に達していなくても入院継続が必要かどうか細かい説明が保険会社から医師側に求められることがあるようです。
〇障害をもった子達のリハビリテーションとインクルーシブ教育
外来でのリハビリテーションも漫然と長期間にわたり行われることはありません。障害を持った子供達のリハビリテーションにおいても、例えば痛みや症状の増悪などがあればリハビリテーション科医のもとを訪れ、診察の上、2週間のリハビリテーションプログラムを3クール行うなど期間を定めたリハビリテーションが行われます。その分、子ども達のリハビリテーションの主体は学校となります。
アメリカでは、1970年に制定された障害者教育法(IDEA)に基づき、個別教育プログラム(IEP)と呼ばれる制度が存在します。これにより、子ども達は学校生活の中でリハビリテーションや学習支援を受けることができます。特定の学習障害(失読症など)、発達障害(注意欠陥多動性障害など)、整形外科的障害(脳性麻痺など)13疾患が対象ですが、診断に至らない軽症例などでも支援が受けられるよう504プラン※という別の教育プログラムもあります。支援を受けられる期間を含め、州により内容にも幅があります。例えば、ミシガン州では3歳から最長26歳までサポートを受けることができ、また各学区に1校は療法士が常駐している学校があるため、リハビリテーションへのアクセスも非常に良いと感じました。
IDEAでは、学校生活において、障害を持った子供たちが可能な限り制限の少ない環境(LRE)に配置されるように明記されています。つまり、ベースはあくまで通常の学級であり、学習ニーズに応じて追加の支援を受けるという考え方です。例えば、身体障害のために体育の授業を皆と一緒の内容を受けることが難しい場合は、その時間を利用して理学療法を受けることはあり得ますが、純粋な身体障害を理由に、その障害の重症度に関わらず、通常級で授業を受けることを制限してはいけないのです。
印象的なエピソードがあります。事故による頚髄損傷の小学校高学年の女の子がリハビリテーション科の外来に来ていました。首から下は全く動かすことができず、人工呼吸器管理の彼女が普通学級に通っていると知り、とても驚いたと担当医の女性の先生に伝えたところ、逆に驚かれ日本ではどうしているのかを尋ねられました。日本では、もちろん少しずつインクルーシブ教育が浸透してきてはいますが、まだ様々な面で整備が追い付いているとは言えず、人工呼吸器が必要な子の場合は、肢体不自由校に通うのが一般的かもしれないと答えたところ、突如、その先生は厳しい顔をされてこう言ったのです。
「私の患者さんでは、体が全く動かず人工呼吸器がついていても、弁護士になった子もいるし、ミシガン大学で研究をしている人もいるわ。もし、医療や教育がその子の可能性を潰しているとしたら、それは罪よ。あなたが担当医なら、その子が普通校に通えるよう動くのは、親でも行政でもなく、あなたじゃない!」
その後、その先生は、「今、あなたの患者さんでそういう子がいるのであれば、一緒にどこの機関に働きかければいいか探してあげるから。」と言い、私の返事を聞く前からPCを前に日本語のウェブページを自動翻訳しながら探してくれたのです。なんともアメリカらしい(これは偏見ですね)素晴らしい行動力と正義感を感じたエピソードなのですが、帰国後も折に触れてこの先生のような情熱が自分にあるだろうかと、かけられた言葉を大切に思い出しています。
※504 プラン 連邦リハビリテーション法504条に基づき、IEPの資格に該当しない場合でも公立学校は障害のある生徒に配慮を提供することが義務付けられています。保護者と学校が話合い、児に必要なプランを個別に策定し、そのプランに基づいて様々なサービスを受けることができます。州ごとに若干の違いはありますが、ミシガン州での解説ページを案内させていただきますのでご参照下さい。
日本ではほとんどの小中学校で教室があり、そこに先生が授業に来るスタイルだと思いますが、アメリカでは生徒が教室を移動するスタイルになっています。身体に障害がある子達は、アメリカの広い学校をどのように移動しているのでしょうか。ミシガン大学リハビリテーション科の外来でも、患者さんたちが進学等で学校を変わった場面で、学校での生活はうまくいっているか、移動はどうしているかを担当医の先生達が聞いていました。ほぼ全員の子ども達や親御さんが「クラスメイトが手伝ってくれている」と答えていたと思います。そのうちの1人の子が「みんな僕の車椅子を押せばポイントがもらえるからね!」といたずらっぽく言っていました。
私には当時小学校低学年の子供がおり、現地の小学校に通っていたのですが、何か良いこと、例えば授業で積極的に発言をする、困っている友達を助けるなどをすると担任ポイント(例えば担任がWilliam先生ならWilliamポイントといった具合に)がもらえます。毎週末になると、担任の先生のお店が開かれ、そこでおもちゃやお菓子にポイントを交換することができ、うちの子どももよく両手いっぱいの小さなご褒美を持って帰ってきていました。ポイントをたくさん貯めるとラジコンのような本格的なおもちゃにも交換できるそうです。始めはこのあまりに合理的なシステムに当惑したものですが、アメリカでは割と一般的なようで、前述の男の子もこのことを言っていたのだなと後から納得したものでした。
もちろん、ボランティアを積極的に行うきっかけにはなるでしょうし、それで障害のある子たちが学校生活をスムーズに送ることができるのであればwin-winなのかもしれません。またポイントだけが目当てで行っている子ばかりではないと思いますし、そこから友達になっていくこともあるでしょう。しかし、障害のある子のサポートをするのがポイント制というのはなんだか味気ないような、見返りを求めることをなんとなく良しとしない日本人的感覚が疼いてしまったのでした。
※小児リハビリテーションセンターで行ったハロウィンパーティ
※先生方と一緒に仮装も
さて、最終回は、私がミシガン大学で行った研究とそこで感じたアメリカの精神、恩師Dr.Hurvitzと研究を通したやりとりで学んだリハビリテーション科医の心についてお話したいと思います。
◆杉山 智子
昭和大学江東豊洲病院リハビリテーション科助教
医師の初期研修終了後、燃え尽き症候となり沖縄三線を片手に放浪。美容皮膚科医等を経て、自分が目指していた医師像「障害のある方の人生に寄り添いたい!」を思い出し、昭和大学リハビリテーション医学講座に入局。
2021年よりミシガン大学で小児リハビリテーション医学を学ぶ。
■□ あとがき ■□--------------------------
次回は、12月6日(金)に刊行します。